コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 宮廷物語〜試練時々恋愛〜 ( No.173 )
日時: 2013/08/16 22:34
名前: 音 (ID: HFyTdTQr)

第五章 *1*

 私は控えめに「トントン」と、真っ白な扉を叩く。

「なに、緊張してんの」

 隣にいるルトが少し呆れたように私に話しかけてきた。

「い、いや。別に緊張してる訳じゃ……」

 そこまで言って、口ごもってしまう。「緊張してない」って言い切れなかった。

 ここは病院。今日はお母様に会いにきました。
 なんで私、こんなに緊張しているんだろう? お母様に会うのが久しぶりだからかな? ……ううん。きっとそれだけじゃないよね。

 ——私、不安なんだ。
 お母様が前みたいに笑顔で接してくれるかどうか、分からないから。
 昔孤児院に預けられた時、正直、捨てられたのかもしれないって思ったことが何回もあったから。
 カエ達を置いて来た後ろめたさもあるし。

「もーっ!」
「わっ! なんだよ、急に。びっくりしたー」

 色々考えてなんかむしゃくしゃしてきちゃったから、病院だから迷惑にならない程度の大きさで声を出した。
 ルトが少し大袈裟に反応してきた。
 私が段々元気がなくなっていってるのに気が付いたみたい。それでも、いつも通りにしようとしてくれているのが分かって嬉しい。
 ルトがついて来てくれて良かった。なんか安心する。

「なんでもない! ……返事、ないね」
「あぁ。もう一回ノックしてみたら?」

 うん。と返事をしながら、もう一回ノックしてみる。
 心なしか、ルトがほっとしたように肩の力を抜いたような気がした。

「あらまあ。カナエ様でしたか! お母様は今眠っておられますが……」

 すぐに、看護師さんが出て来てくれた。
 お母様、眠ってるんだ。今、入ったら迷惑かな?

「5分だけでも入って宜しいでしょうか」
「え」

 やっぱり帰ろうかなって思ってたんだけど、ルトがそう言ってくれた。

「はい、宜しいですよ。では私は受付におりますので、お帰りになる時は声をかけてくださいね」

 そう言って、優しく微笑みながら看護師さんは出て行った。

Re: 宮廷物語〜試練時々恋愛〜 ( No.174 )
日時: 2013/08/21 20:52
名前: 音 (ID: HFyTdTQr)

第五章 *2*

「…………」

 病室に入ったのは良いけど何をすれば良いのか分からず、五分くらいずっと無言だった。五分だけいいかって聞いたのにね。
 ルトは私が何かをし出すのを待っているみたいで、お母様が寝ているベットの脇のイスに座ったまま、あまり動かない。
 私も、ルトの隣に座ったまま、あまり動いていない。

 お母様が寝ているだなんて、予想外だったから。どうすればいいか本当に分からない。
 昨日の夜、あれを話そう、これを話そうって考えていたのが無駄になっちゃったかな?

「お母様、寝てるね」

 あんな長い沈黙の末、私が口にしたのはそんな分かり切ったことだった。

「ぶっ! あっ、はははは!」
「ちょっ!? ルト、なんで笑うの!?」

 何が面白かったのか、ルトはお腹を抱えて笑い出した。

「くっ、くくくくっ」

 私がなんで笑うのか聞いたら、口を手で抑えながらまだ笑ってる。
 私、ルトにそんな笑われるようなこと言った覚え無いよ?

「ごっ、ごめんごめん。くくっ」

 私が不機嫌になってしまっているのに気付いたみたいで、笑いながらだけど謝って来た。

「いやー。急に何言い出すのかと思えば、寝てるねって、あはははっ」

 そういう、ことですか。
 私はこの状況、どうしようって思って……。はぁ。もういいや!
 ルトが楽しそうにゲラゲラ笑ってるのを見てると、なんか緊張がほぐれてきたような気がしたかも!

「ルト、ありがとう」
「あ、うん」

 何がって聞いてこないあたり、さすがだな。
 いい執事を持ったな! って今更だね。
 今度、ルトに何かお礼がしたいな……。

「カナエ、エマ様のこと、許せない?」

 さっきまでゲラゲラ笑ってたのに、急に真面目に話し出したルト。その切り替えの早さに少しびっくりしたけど、何気にそれが特技だからね、ルト。
 私の前で、執事としての態度と幼なじみとしての態度をコロコロ変えてるし。

「いや。許すも何も、恨んだりしていないから」

 これは本当。少し、私達のこと嫌いなのかなって思ったことはあるけど……。

「そっか。でも疑ったことは、あるんだろ」
「疑ったこと、は……」

 ルトは私に疑ったことがあるのかどうかを「聞いている」んじゃなくて、「確認している」んだ。
 これに気が付いたからにはもう、さすがとしか言いようがない。

 お母様は寝ているけど、私達の近くにいるんだから「疑ったことがある」なんて言いにくい。それでも、隣にいるルトからの射るような視線に耐えきれない。

「ある……よ。でも、もう疑ってない」
「なんで?」

 今度は疑問形だ。なんか疲れるな、この感じ。
 今まで、ルトが私達の家の事情に突っ込んでくることは無かった。なのに、なんで今こんなにしつこく聞いてくるんだろう? 正直言うと——嫌だ。放っておいて欲しい。

「お願い、答えて。俺はカナエがなんて言おうが別に気にしないから」

 ——おかしい。
 気にしないなら聞かなくてもいいはず。
 でもそう言うルトの目は、私の目をしっかりと見つめていて。気にしないなら話しても良いかな、なんて思ってしまった。

「家族だから……かな? それに孤児院での生活も楽しかったから、あんまりそんなこと考えなかった」

 まとまってないなぁ。でも、言いたいことは言った。

「楽しかったんだ。孤児院での生活」

 ルトの表情が暗くなったような気がするんだけど……気のせい、だよね。

「楽しかったよ。でも、今もすっごく楽しい! 毎日好きな時に楽器を演奏できるなんて!」

 私がそう言うとルトは笑った。だけど、それは苦笑だった。

「これも、お母様のおかげなんだよね。ルトと再開出来たのも、楽器を演奏することができるようになったのも。でも、お母様病気なのにこんなこと言っちゃいけないよね」

 私が独り言のつもりで話していたのに、ルトはずっと聞いていたみたいで、「ルトと」って言った辺りから自然な笑顔になっていた。
 なんでだろう? ……あ。私がお母様のことをあまり気にしていないように見えたのかな? 孤児院での生活が楽しかったとか、楽器のこととかばっかり言っていて。
 ルトも、昔からお母様のこと慕っているもんね。