コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 幼なじみから恋人までの距離 ( No.13 )
- 日時: 2013/05/03 19:24
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
午前の授業が終わって、昼休み——。
俺と香凛は図書室に来ていた。
俺は使ったことないけど、うちの図書室はかなり広い。
「こんなところに私を連れてきて、今度はどうしよっての?」
香凛はこれまでの失敗が応えているのか、表情は今まで以上にきつくなっていた。
「ムフフフフ」
「キモい笑みを浮かべてないで、早く答えなさいよ。ランチの時間がなくなっちゃうでしょ」
「いやいや、俺だって真面目に考えたのさ。いいか、図書室でのベターなシチュエーションといえば、あれだろ」
「なに?」
「名づけて『高い所の本に手が届かないのを、男子に取ってもらう作戦』だ!」
「はぁ?」
香凛が「何を言ってるんだお前は」みたいな視線を向けてくる。
「女の子っぽさをアピールするんだよ。背の低い女の子が、高い所にある本を取ろうとして、かかとを浮かして背伸びをしている。そこを背の高い男子が気づいて、代わりに取ってあげるのさ」
恋愛ものの漫画とかで見たことがある。
それまで会話もしたことのなかった男女の、最初の出会いの場面としては、絵的にも良いシチュエーションではないだろうか。
香凛は身長が150ちょっとしかないし、背の低さはある意味で長所だ。
「ふーん」
香凛は考え込むように、アゴに手を当ててから、
「あんた、そういうの趣味なの?」
冷静に言った。
「なっ……いや、俺の趣味じゃなくて、男に共通の趣味というかだな。そのー、自分より小さい女の子が、背伸びをして頑張っているのを見ると、いじらしいじゃないか。ついつい、横から手助けしてあげたくなるような」
「……あんただけじゃないの?」
「男みんなだよ! いいから、この作戦で行ってみようぜ」
天井に向かってそびえる高い棚の前、香凛は手を後ろに組んで頭上を見上げる。
俺は反対側の棚で、適当に取った本を開き、読むふりをしながら、様子をうかがうことにした。
「よし、あっちから来るあの男子に声をかけてみろ」
一人の、やせっぽちで、ひょろ長い不健康そうな男子がこっちに歩いてきた。
「あ、あの……」
「なんでしょうか?」
その男子の態度はよそよそしかった。
急いでいるのか、身体は進行方向を向いたまま、顔だけを香凛に向けてきた。
「あそこにある本、私じゃ届かないんです。取ってくれませんか?」
香凛はつま先立ちで、頭上にある本を指さした。
かかとが浮き上がって、危なっかしい感じはうまく出ている。
男心をくすぐりそうなものだが、
「んー……」
男子は迷惑そうな顔をしただけで、動こうとしない。
香凛の顔に見る見る不安の色が浮かんだ。
助けを求めるように、俺の方を見た。
(香凛。笑顔だ、え・が・おー!)
俺は口パクで香凛に指示を送る。
「え・が・お」の形に、ゆっくりとくちびるを動かし、自分も笑ってみせた。
——にへら。にへら。
とでも形容すればいいだろうか。
香凛の口だけが、ピクンピクンと、ひきつるように歪んだ。
笑っているんじゃなくて、怒りを抑えているように見えてしまう。
「私じゃ届かないんです。取ってくれないでしょうか?」
「うっ……」
香凛の形相に、背の高い男子がたじろいだ。
「取ってくれないでしょうか?」
香凛の口の端っこが、またピクピク跳ね上がった。
「取ってくれないでしょうか?」
怨霊……じゃないよな。
「分かった。取ってあげるよ。どの本だい?」
逆らわない方が安全と気づいたのか、男子が優しい笑顔で答えた。
「えっと……あの……」
香凛は上段の棚を指さすが、その姿勢のまま言葉に詰まった。
そういえば、取ってもらう本を決めてなかったな。
どれでもいいから、目についたタイトルを言えばいいんだよ!
しかし香凛は指を高く伸ばしたまま、フリーズしている。
「もしかして、題名が読めないの?」
遠慮がちに、男子が言った。
香凛の背筋がビクンと跳ね上がる。……図星かよ。
香凛は下くちびるを強く噛み締め、肩をわなわな震わせる。
にぎられた拳を胸の高さまで持ち上げる。
まずい。あいつ、またキレてバイオレンスな行動に出かねない。
「じゃあ自分で取ってよ。踏み台、持ってきてあげるからさ」
男子は慣れた動作で踏み台を運んできた。
……そうだった。普通、図書室には踏み台くらい置いてある。
香凛は男子が差し出すまま、踏み台に足を置いた。
用が済んだとばかりに、男子は台の上に乗った香凛に軽く手を振って去っていく。