コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 幼なじみから恋人までの距離(18) ( No.30 )
- 日時: 2013/05/14 19:06
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
「ごめん。今何て言った?」
「だから、あんたも買い物に付き合って良いわよって言ったの!!」
いやいや。
俺は一言も香凛の買い物に付き合いたいなんて言ってないんですがね。
はぁ、けどまたここで反論してケンカになるのはあれだしな。
大人の対応をしてやるか。
「わかったよ。一緒に行けばいいんだろ」
「ま、まぁ、あんたがどうしても来たいって言うなら仕方ないわね」
言ってないし、思ってもねーぞ。
早くも大人の対応をしたくなくなってきた。
そんなこんなで、香凛の母の日のプレゼントを買うのを付き合う事になった。
「で、プレゼントはどこで買うんだ」
「ま、まだ決まってない。良さそうなお店があったら見てみる」
「さいですか」
この日の香凛は濃い赤のセーターに緑系のスカート、その下に黒タイツ。背中のリュックはなぜか肩ヒモを長めに残してルーズな感じだ。
俺はその大きい(ように見える)リュックが上下に小さく揺れるのと、香凛のつむじから伸びる癖っ毛に目をやりながら、黙って後ろを歩いた。
そうしてたどり着いた先では、厚いガラスで仕切られた囲いの中に、小さな犬や猫がスヤスヤ寝ていて、そんな可愛い動物たちをお客さんたちがガラス越しに見ていた。
そこはビル内に設けられたペットショップだった。
「お前は母の日に生物をプレゼントするのか」
香凛の背中に、不満そうな声をぶつけてやる。
「べ、べつにそういうわけじゃないわよ」
「ペットショップに、母の日に贈るような物は売ってないと思うんだが」
俺がぶつぶつ文句を言っていると、香凛のテンションが急に上がった。
「やばいこれかわいい! ねえねえ、この子かわいくない?」
ガラスに両手をくっつけたまま、香凛が俺を呼び寄せる。
ショーウィンドウの中では、真っ黒なレトリーバーが白い毛布の上で寝ていた。
確かに、ぬいぐるみのようで可愛い。お、鼻がぴくっと動いた。生きてる。
「やっぱうちにも欲しいなー、犬」
「今はこんなに小さいけどさ、こいつ、レトリーバーだろ。成長するとすごく大きくなるやつだよな」
「うん。昔、うちの近所に居たよね、真っ黒なレトリーバー。覚えてる?」
「ああ。小学生の頃、何回か散歩させてもらったっけ」
小学校三年生くらいだったろうか。
香凛はその近所のレトリーバーをかわいがっていて、学校帰りなんかに見かけると、頭を撫でたりしていた。
それでいつか、飼い主のおじさんが、よければ散歩に連れて行ってやってくれないかと言ってくれた。
もちろん喜んで引き受けた香凛だ。
ところが香凛が今にも増して小さい頃の話だ。
俺の頭の中には、ふと、その時の香凛が大きな犬にぐいぐい引っぱられながら散歩している光景が思い出された。
香凛はリードを両手に持ったまま、道を左へ引っぱられたり、右へ引っぱられたり、全く、犬に翻弄されっぱなしだった。
「そんなこともあったよな」
俺は覚えているままを香凛に話した。
香凛もそれは印象に残っていたらしく、くすっと笑うと言った。
「今なら私も大きくなったし、大丈夫だよ」
まあ、今の香凛でもちょっと頼りないがな。
「でも育てるの大変だろ。十年は生きるんだろうし」
俺はガラス越しに子犬の寝顔を見た。
欲しがるのはいいけど、ペットを飼うのって、軽はずみに決めていい問題ではないと思う。
「大丈夫だよ。私、もうずっとこの町に居るつもりだから」
犬の方をまっすぐ見つめながら香凛は言った。
俺はそんな香凛の横顔を見てから、「そっか。近いうち、飼えるといいな」とだけ言っておいた。