コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 幼なじみから恋人までの距離(20) ( No.34 )
- 日時: 2013/07/02 17:08
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
その後も香凛は軽やかな足取りでビルの中をぶらつく。
こちらからは顔が見えないが、きっとその表情は上機嫌になっていることだろう。
あいつにしては珍しい。
「ねえ。後ろを歩かれてると、なんだか私の付き添いみたいだから、隣を歩きなさいよ」
「はいはい、分かりましたよ」
俺は素直に従い、香凛の隣を歩く。
付き添いってことなら当たってるんだが。
俺たちはブティックに行ったり、アクセサリーショップを見てまわったりした。
普段、ひとりなら絶対に来ないような場所だ。
「っていうか、どこが母の日なんだよ」
アクセサリーの店を出た直後、俺は香凛に言った。
店は若い客ばかりで、さすがに母の日に贈るような物はなさそうだった。実際、香凛も見るだけで何も買っていない。
「じゃあ、次はあんたがよく行く場所に行こうよ」
「なんだよそれ。母の日のプレゼントを選ぶんじゃないのか」
「今日はいいや」
「はあ? お前が用事あるって言うから、俺も今までそれに付き合ってたんだろ?」
「母の日までまだ二週間近くあるもの。せっかくの日曜に、こんな早く帰るのももったいない気がするし、今度は私があんたに付き合ってあげるわ」
というわけで、当初の目的はどこへやら。
俺がよく行く場所といえば、やはりゲーセンくらいしかない。
でも香凛がそれでいいと言うので、さっきと同じゲーセンに来てみた。
俺の得意な格ゲーがちょうど空いている。
香凛を席に座らせ、百円玉を入れた。
「よし。まずはキャラ選択だ。初心者なら、こいつを選ぶのがいいだろう」
俺は主要キャラの一人を指でさした。
技入力も簡単でスピードのある、バランスの取れたタイプだ。
「何この男。ジャンパーなのにノースリーブ? おまけに指抜き手袋? 筋肉モリモリで、気持ち悪いわ」
「なっ! お前、ケリーをけなすのか! 俺のカリスマなんだぞケリーは!」
「こっちの方がスリムでイケメンじゃん」
香凛はそう言って他のキャラを勝手に決めてしまった。
ちょっと前のシリーズから加わった、女性に人気のあるキャラだ。
確かにケリーは最初のシリーズから居るため、デザインが古いかもしれない。
俺が生まれる前から人気の格ゲーだしこれ。
さて香凛の腕前はどうだったかというと——。
ジャンプやガードの仕方も分からず、攻撃は中パンチと中キックのボタンばかり押している。
必殺技の入力など、とてもできたものではない。俺が後ろから指示しても、
「はあ? わざわざカッコつけた必殺技なんか出さなくても、殴ってれば人間は倒れるもんじゃないの?」
と、逆ギレ気味に言われた。
まあ、それはそうだけどさ。
だがゲームは現実より厳しい。
ゲームの世界では、相手が女だろうが老人だろうが殴り返してくるものだ。
こっちのライフゲージが見るみる削られていった。
「香凛、ちょっと俺と代われ。まずは俺の見本でも見てろ」
俺は香凛をやや強引に席からどかす。
香凛は「何よその言い方!」と不機嫌そうだが、かまっていられない。百円を見すみす無駄にはできん。
俺は一発もくらわずに相手を倒し、次のステージへ。
ライフゲージは全回復するし、これでまた香凛にバトンが渡せる。
そう思ったら、画面に大きな文字で何か出てきた。
英語だが、おそらく「挑戦者 出現!」ぐらいの意味だろう。
向かいの筐体機をのぞいてみると、今まで居なかったのに誰かが座っていた。
向こうも俺がやっているのと同じゲームで、百円を入れると、自動的にこちらとの対戦になってしまうのだ。
「ねえ、いつまであんたがやってんの?」
すぐ横で香凛が言う。
「悪い。邪魔が入ったんだ。こいつを倒すまで、お前は待っててくれ」
人間のプレイヤー相手では、香凛はなおさらダメだと思う。
気の毒だがこの相手にはすぐ帰ってもらって、再びコンピューター相手に戻ったら香凛にやらせてみよう。
ところが相手もかなり上手いひとで、俺はライフギリギリでどうにか倒すことができた。
しかし終わったと同時に、また「挑戦者 出現!」の文字がデカデカと映る。
もう少しで勝てたと思って、すぐさま百円玉を投入したのだろう。
次の勝負では、一回目よりも楽に勝つことができた。
だがまた「挑戦者 出現!」の文字が。
しつこいな! 俺に勝てるまでやるつもりか。
そうなればこっちも意地だ。絶対に手加減しないからな。