コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 幼なじみから恋人までの距離(26) ( No.44 )
- 日時: 2013/05/31 18:26
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
香凛は赤いチェックのエプロンをかけると、テキパキした動作で、ザルやボウルを出す。
栗原と森は料理に慣れていないようで、玉ねぎやブロッコリーを前に、どうすればいいか香凛に聞いていた。
俺と他の男子二名(野村と中村)はエプロンすら持ってこなかった。
とりあえず手を石鹸で洗ってはみたものの、どうすればいいか分からない。
仕方ないので、その場に立ちつくした。
野村は先日、香凛からコークスクリューパンチを食らったにも関わらず、ケロッとしている。
エプロン姿の女子を見ながらにまにましては、横の中村に、
「やっぱ女子は料理ができる方がいいよな」
なんて、勝手なことを言っている。
お前のために作るんであればいいけどな。これ、ただの調理実習だから。
包丁は二つしかないし、調理台も広くないから、実際、料理は女子三人に任せるみたいになってしまった。
他のグループはどうしているんだろう。
俺は雪乃の方へ目を向けてみた。
普段のぽわぽわしている雪乃からは想像できないくらいの機敏さで、キャベツの千切りをしていた。どうやらつけ合わせのサラダを作っているみたいだ。
リズミカルに鳴る包丁の音とともに丸いキャベツがまるで洗練された糸のような形になっていく。
料理が得意なやつでも、あれはできない。そう思わせるくらいの見事な手さばきだった。
——目立ってんな、雪乃のやつ。
だが、こっちの調理台からも良い匂いが立ちこめてくる。
いつの間にかシチューの鍋はぐつぐつ煮えていて、クリーミーに色づいている。
さっき昼飯を食ったばかりだけど、もう食欲が戻ってきた。
「久しぶりだな、香凛の作るシチュー」
「昔、私の家でよく作ったよね」
白っぽいシチューを見ながら、俺はまた昔のことを思い出した。
小学校の時の調理実習。
香凛がシチューを作って俺に食わせたこと。そして失敗したこと。
あの時は、グループの中でただ一人、香凛だけが前もって練習してきて、張り切っていた。
母親にあれこれ教わってきたのだろう。メモ帳に香凛のひときわ大きな字でびっしり何やら書き込まれていて、香凛はそのメモを見ながらほとんど一人でシチューを作った。
他の児童は料理なんて全然分からないで力になれなかった。
小学校の授業だから今より時間も短くて、ろくに味見する暇もなく調理の時間は終わってしまった。
香凛のそんな苦労も知らず、まだ子供だった俺は、つい遠慮なしに、
「不味い」
と正直な感想を言ってしまった。
まあ実際、水っぽくて味は薄いし、ニンジンは大きく切り過ぎた上に生煮えだった。
もとからニンジン嫌いだった俺は、この一件でさらにニンジンが苦手になった。
「もっと上達しなきゃダメだな」
なんて、俺は偉そうなことを言っていた。
「分かった。私、翔が美味しいって言ってくれるよう、もっと練習する」
香凛は残念そうに言った。
シチューをすくうスプーンは、手に持たれたまま動かなかった。
俺は自分の言葉で香凛を傷つけたことにすら気づかず、男友達と毎日元気に遊んでいた。
ところが週末になると、香凛の家の夕飯に呼ばれた。
「今度のシチューはぜったい美味しいからね。時間もかけたし、味見もしたし……」
言われて俺は、初めて、この前の調理実習のリベンジなのだと分かった。
俺は軽い気持ちで「もっと上達しなきゃダメだな」と言っただけなのに、本当に再挑戦するなんて。
「香凛、お前って頑張り屋なんだな」
今度も正直な感想を言った。それなのに、香凛は、
「べ、べつに私は頑張り屋なんかじゃないわよ!」
顔を赤くして照れていた。
その時のシチューは本当に美味しかった。
わざわざニンジン抜きにしてくれたシチューの中、彩りを添えるブロッコリーの緑色が印象に残っている。
それ以来、何度か香凛の家に呼ばれては、シチューを食べたっけ。