コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 幼なじみから恋人までの距離(27) ( No.45 )
- 日時: 2013/06/01 19:29
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
「そうそう、この味だよ。美味しい」
調理室の丸椅子に座って、俺は香凛の作ったシチューを食っていた。
他のグループは友だちとダベりながらやっているためか、まだ調理台で火を使っている。
俺たちだけが先にできあがって、「いただきます」をした。
目の前には、香凛がほぼ一人で作ったシチューと、栗原と森が作ってくれたグリーンサラダ。
「中川さんの作ってくれたシチュー、すっげぇ美味いっすよぉ!」
横では野村が皿で顔が隠れるくらいにがっついて食っている。香凛の手料理が食べられて嬉しいんだろう。
「香凛の家の味っていうと、この味だな」
「そうなの?」
香凛はスプーンを持つ手を止めて、少し笑って言った。
「しっかりニンジン抜きだよ」
「あ、ほんとだ」
あの時と同じ。シチューの中にはニンジンの赤がない。目立つのはブロッコリーの緑だけ。
俺がニンジン苦手だったってこと、覚えててくれたんだ。
「くすくす」
向かいの席で、栗原と森が、わざと声を立てて笑っていた。
「……何よ?」
香凛が、二人をギロッとにらむ。
「だってねー」
「うん。さっきから香凛と武田君、二人の雰囲気が良過ぎて、あたしら、邪魔モンみたいじゃん?」
二人はいたずらっぽく言って、またも「くすくす」と声を立てて笑う。
「そ、そんなことないでしょ!」
香凛が声を荒げて立ち上がった。
「なんでさー。良い雰囲気なら、香凛も嬉しいでしょうよ」
「そうそう。香凛がどうして、買出しの時にニンジンを買おうとしなかったのか、あたしらもう気づいちゃったし」
二人に言われて香凛は「やめー! それ以上言うのは!」と怒っている。
ただ、どんな表情をしているのか、座っている俺には見えなかった。
「う、美味いよな? ニンジン抜きのシチューも」
俺は空気をなごませるため、野村や中村にも話を振ってみた。
「ほんっと、美味いっすよ! 中川さんの作ってくれたシチュー!」
野村は無意味に叫んだ。
いや、誰が作ったかじゃなくて、ニンジン抜きのシチューはどうかと聞いたんだ。
そしてさっきから野村はなぜ後輩口調。なぜ体育会系の後輩口調。
そんな野村の叫び声にかき消されて聞こえなかったが、中村も「美味しいです」と言っていた。俺にはぎりぎり聞こえたから大丈夫。
「うまくいったみたいで、よかったね香凛!」
森が、ちょっと大人びた微笑を浮かべながら、香凛に目で合図した。
うまくいった——か。
そうだよ。うまくいったじゃないか。
今の香凛は、自然に振舞えている。時おり笑顔だって見せるほどだ。
男子の野村や中村に対してだって、前みたいに、変に緊張したところがない。
俺は香凛の手帳をたまたまのぞき見してしまったところから、あいつの秘密を知ってしまった。
素直になれないあいつがクラスの男子ともうまくやっていくため、協力することになった。
俺も初めは無理やり協力させられている気がしないでもなかった。
けど——。
やっぱり転校生の香凛がみんなとうまくやっていけるか、俺も心配だったんだ。
そりゃ、香凛は俺の幼なじみだから。
でも今の香凛を見ていて、俺は思ったよ。「うまくいったじゃないか」って。
そんなヒナが巣立っていく親鳥の感覚になりながら香凛を見ていると、一瞬だけ視線がぶつかり合う。
俺と香凛は自然な笑みを交わした。
二人とも、思ったことは一緒だったと思う。
けれど、香凛は少し照れくさそうにしながらすぐ視線をそらした。
その時、隣りの班から大きな声があがる。
雪乃の居る班だ。
何事かと思い覗いてみると、班のグループが雪乃の料理を食べて絶賛していた。