コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

幼なじみから恋人までの距離(30) ( No.54 )
日時: 2013/06/09 18:36
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

俺が声をかけると、その人物——香凛はゆっくりとこちらへ振り返った。

「近くに来ないで!」

俺が心配してやってるのに、香凛は拒絶して、顔をそむけてしまった。

ニットの袖で顔をグシグシ、拭く仕草をしている。
もしかして、泣いているのか。

「雪乃って、やっぱすごいよね」

目を赤くした香凛が、寂しそうに視線を落として語り出した。

「雪乃は誰にでも優しいし、クラスのみんなに好かれてて、いつも自然な笑顔で可愛くて……そりゃ、私なんかとは違うよ」

だだっ広い屋上にポツンと二人、俺と香凛は立っていた。

微妙に隔てられた二人の距離。

俺は香凛に何か優しい言葉をかけてやり、この間を埋めてしまいたい。でもなんと言ってやればいいか分からなかった。

「それに比べて私はやっぱダメだよね。雪乃みたいにうまくできないもん。男子の前で……いつもどうすればいいのか分からない。喋ろうにも不器用で。焦るとすぐに手が出て、男の子を殴っちゃう」

香凛はそれっきり、フェンスに乗せた両腕に顔をうずめると、黙ってしまった。

強い風が横から吹きつけた。香凛の短い髪が風にあおられている。それでも香凛は髪の乱れも直そうとせず、じっと顔を伏せていた。

「でもさ、香凛……」

俺は直立したまま、にぎった拳に力を入れていた。

なにか……なにか言ってフォローしてやりたい。その言葉を探していた。

「お前だって、転校してきたばかりの頃は不安だったかもしれないけど、今は仲の良い女子だって居るじゃないか」

香凛は小学校を卒業してすぐこの町を去った。そしてこの春に帰ってくるまで、四年間のブランクがある。
幼なじみの雪乃がクラスの人気者なのを見て、自分もうまくやっていけるか不安はあったんだと思う。でも——。

「栗原とか、森とか、良いやつらだと思うよ。俺、お前があの二人と居る時、楽しそうだっての、見てて分かるよ」

香凛には友だちが居る。転校生としては、うまくやっているはずだ。

「それだけじゃダメなのよ。まだ、まだダメなの……」

「なにがダメなんだ? そうか、分かった。男子だよな? お前、クラスの男子とうまくやっていけないで悩んでたんだもんな?」

香凛の目がこっちを見た。
キッと、にらみつけるような表情に、俺は一瞬、自分の言っていることが正しいのか不安になる。

しかし言葉を続けた。

「さっきの調理実習なんて、同じグループの男子に好評だったじゃないか。あんな感じでいいんだよ。不自然じゃなかったさ。お前はうちのクラスによく解け込めてるって……」

「違うっ!」

香凛がフェンスを背にし、俺とまっすぐに対峙した。
勇気を出そうとするかのように肩をふるわせ、すっと息を飲むと叫んだ。

「あんたに好かれなきゃダメなんだよ!」

——その言葉に射抜かれて、俺は「え?」とだけ言ったまま、動けなかった。


「だって……あんたのそばには、いつも雪乃が居たんだもん。雪乃はあんたを朝起こしに行ったり、だらしのないあんたのネクタイがずれてると直してあげたり……それがすごい自然にできちゃうほど、あんたの近くに居たんだよ」

来る時に扉を開け放したままだったのか、塔屋のドアが風に押されて、ガンガンと壁に当たる音がした。

横風にあおられても、香凛の目はしっかりと俺をとらえて、少しもずれることがなかった。

「私、今日の調理実習は前から気合いを入れてたはずなの。小学生の頃、料理であんたを振り向かせたことがあったから……。なのに雪乃は私なんかよりずっと上手くなってて、おまけにあんたがニンジン嫌いを克服したことまで知ってるなんて……。私が居ない間も雪乃はずっとあんたを近くで見てたんだよね」

香凛はあきらめがついたように溜息をつくと、肩の力を抜いて、上目遣いに俺を見た。

「昼間だって、雪乃、体育倉庫に閉じ込められるって事故に遭ったはずなのに、それが逆に暗がりの中であんたと良い雰囲気にさせたでしょ? ほんとに運が良いよね。いや、きっとあんたとの相性が最高なんだと思うよ」

「相性って……お前」

「この前の日曜さ、私、楽しかったよ。あの時、母の日のプレゼントを買いに来たなんて言ったけど、嘘だったの。私、あんたとデートできると思って、とっさに嘘をついたんだ」

日曜のあれが、とっさについた嘘?
っていうか、「デート」だって?


あの日は、俺が母の日のプレゼントを買うために駅前のファッションビルに買物に来たら、偶然、香凛と会って……。
香凛も母の日のプレゼントを買いに来たと言い出し、なぜか俺がそれに付き合わされて、ペットショップをのぞいたり、クレープを食べたり、ゲーセンに行ったり……。

やってることはデートそのものだ。

そういえばゲーセンで香凛が相性占いをやっている時、気になることがあった。
俺が画面をチラッとのぞいてみると、そこに表示されたのは「KARIN」という名前と、その横にあった「T.S」の文字。

あのイニシャルはやっぱり——。

香凛はふっ切れたような、迷いのない足取りでこっちに歩いて来ると言った。


「好きだったよ、翔のこと」


目に焼きつくような笑顔だった。
香凛の真剣さに、俺は初めて気づく。

T.Sは「武田翔」で合ってたんだ。