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Re: 幼なじみから恋人までの距離 ( No.72 )
日時: 2013/06/22 23:46
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: ugb3drlO)

何も変わらないまま、放課後を迎えてしまった。
俺は雪乃と二人、下駄箱で靴を履き替え、昇降口を出た。
明日からゴールデンウィーク——。
月曜日が振り替え休日になっているから、四連休になる。

たった四日だけれど——それが長く感じる。
連休が明けて、また学校が始まって、俺がさり気なく香凛に声をかけたら、あいつも笑顔で応えてはくれないだろうか。
そうなればいいのに。そうなって欲しい。

「ねえ、翔くん」

校門の近くまで来て、雪乃が口を開いた。

「ああ。どうした」

「ゴールデンウィーク……翔くんの家に行くって言ったけど……」

雪乃は言いかけて、歩くのをやめた。
俺は一歩前へ出てしまってから、隣に雪乃が居ないと気づき、後ろを振り返った。うつむいていた雪乃が、顔を上げて俺の目をのぞき込むように見てきた。

「その日、泊まっていっちゃダメかな?」

雪乃は緊張気味に、手を胸に当てていた。

俺は「え……」とだけ言ったまま、答えにつまってしまう。

「ねえ、いいでしょ?」

雪乃が不安そうになった。もう一度「いいよね?」と言ってくる。

「でも……それは……」

俺はどうしようか迷ってしまった。

先週の金曜日にも、雪乃は家に泊まりに来た。
幼なじみとは言っても俺たちだって年頃なんだから、まずいんじゃないかと俺は思ったんだが、雪乃もうちの親も気にしてないみたいだったし、まあいいか、ということで、あの時は済んだのだが……。

たった一週間しか経っていないのに、この心境の変化はなんなのだろう。
幼なじみの雪乃が俺の家に夕飯を作りに来てくれて、その日は泊まって行きたいと言っている。
あの日と同じように、雪乃が俺のベッドで寝て、俺はその横に布団を敷いて寝るだけ。それだけじゃないか——。

「でも雪乃……いいのか? その日は父さんも母さんも居ない。うちには俺とお前しか居ないんだぞ」

何を言っているんだ俺は。

「やっぱ、まずいと思うんだよ。その……」

俺は押し黙った。
見ると、雪乃は笑ってなどいなかった。今までのように、無邪気な顔をして「まずいって、何が?」と首をかしげて見せてくれればよかったのに。
雪乃が胸に手を当てたまま、次の言葉を用意しているのが分かった。
聞きたくない。俺はとっさに背を向けて、

「帰るぞ!!」

校門の方に向き直った。乾いた風が吹いて、門の前に並ぶ木々をゆらしている。
その木の下に、香凛の姿があった。大きめのカバンを肩にかけ、目の前の空間を見つめている。いったい何を見ているのか、何を考えているのか、誰かを待っているのか、分からない。それでも、
「香凛!!」

迷う間もなく、俺は名前を呼んでいた。
香凛が振り向いた。
頭の中では何も考えていなかった。声をかけてどうする。近づいていって、何を話すのか。分からないけれど、とにかく近くに行きたかった。

その瞬間——誰かに手首をつかまれる。
俺の手首に重なる、小さな手。それは非力だけれど、俺を止めようとする強い意志が感じられた。

「雪乃……」

「…………」

雪乃に手首をつかまれたまま、一瞬だけ時が止まる。
雪乃は何も言わなかった。表情はポカンとしたままで、むしろ、自分でもなぜこんなことをしたのか分からないようだった。

「私……わたし……」

雪乃の声はふるえていた。そして二度、三度と首を横にふった。
雪乃が手を放してくれても、俺はその場から動くことができない。

香凛はこのやり取りを見ていた。無表情だった顔に、最後はそっと柔らかな笑みを浮かべて、俺の視界から消えていった。