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幼なじみから恋人までの距離(39) ( No.83 )
日時: 2013/06/30 18:55
名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)

「翔くん」

「へっ?」

「……えーっと、食べ終わったら、翔くんの……部屋……行きたいな」

少し言いづらそうに口ごもる雪乃。

一応今日は、夕飯だけって話しだったけど。


「……いや、それは……」

「……お願い……」

雪乃の表情は段々と悲しみに満ちていき、体が少し震えていた。
その言葉を言うのに、相当の勇気が必要だったのだろう。

雪乃に今俺がしてやれる事は——。



片付けが終わると、雪乃は俺の部屋に来ていた。
今は二人、向かい合わせに座っている。

これ以上、結論をだらだらと長引かせて傷つけたくない。


今俺にできる事——それは、結論を出す事だ。


意を決して雪乃に話しかけようとしたその時。

——ボフッ。

雪乃が飛びついてきて、俺の体が一瞬宙に浮き、ベッドに押し倒された。

「な、なにしてんだ!? 雪乃!?」

「……もう……ダメだよ」

蚊の鳴くような小さな声で、雪乃は呟く。

「……な、何がだ?」

「……もう、限界なんだ……翔くんの前で普通にしてるの」

雪乃は俺の胸に顔うずめたまま、小さな声でポツリポツリと続ける。

「……本当は、もっと一緒に居たいし、手もつなぎたい……恋人にだってなりたい。でも、翔くんの見てる景色は違う」

「そ、それは……」

「わかるんだ。翔くんの事ならなんだって。……本当に……時々嫌になっちゃうくらい」

押し倒されたままの状態で、雪乃が俺の背中にそっと手をまわす。

その力は弱々しく、壊れてしまいそうなくらいの繊細さを感じた。

「……雪乃、ちゃんと聞いてくれ」

「聞きたくないよ!! 聞きたく……ないよ。それを聞いちゃったら、全部終わっちゃうもん……」

普段こんなに取り乱す事がない雪乃が声を荒げる。

前回も不安定になっていたが、今回はもっとだろうか。

俺の胸がギュッとわしづかみされてるかのように痛い。


——だけど、大切な人だからこそ、大事な人だからこそ、ちゃんと自分の言葉で伝えたい。


「……雪乃、俺はお前とは付き合えない。俺、好きな奴がいるんだ」

言った。

もう、前みたいに戻れないかもしれない。それでも俺は言った。

「……どうして? どうして言っちゃうの? 聞きたくないって言ったのに……ひどいよ……翔くん」

顔をうずめたまま嗚咽まじりに雪乃は呟く。

「……ごめん」

「そんな言葉聞きたくないよ!! 私は……私は……そばに居られれば良かったのに! たとえ翔くんが他の人を好きでも我慢しようって思ってたのに! どうしてそんな事言っちゃうんだよ……」

決壊したダムのように、大粒の涙と一緒に雪乃の想いがあふれた。

「……雪乃が大事だからだよ。俺はそんな風に思っていてほしくないんだ……雪乃の事が大切だから、嘘偽りなくちゃんと向き合いたいと思った。たとえ、それが俺のエゴだとしても、ちゃんと伝えたいと……そう思ったんだ」

雪乃は大事な人だ。本当に心の底からそう思う。

いつでも俺の隣りに居てくれた。
嬉しい時も、悲しい時も……だから、だからこそ、雪乃にはちゃんと伝えたいと、大切な人だからちゃんと返事をしなきゃってそう思った。

「……翔くんのバカ! そんな事言われたら……どうすればいいの? うっうっ……」

雪乃の瞳からとめどなく流れ落ちる涙は、俺の胸に染み込んで溶けていった。


————


せめて雪乃が泣き止むまでの間でも、俺はそばに居てあげることにした。

それ以外に、してあげられることなんて思いつかなかった。

雪乃はずっと泣き続けた。このまま夜が明けてしまうのではないかと思ったほどだ。

ようやく泣き止んだと思うと、雪乃は顔半分だけをシーツから出して言った。

「翔くんが決めたなら、いいよ」

しゃくりあげるような声だった。
鼻をすすりながら、無理にでも声を出す。

「私、翔くんに幸せになって欲しい」

涙で濡れた目が、腫れ物のように敏感な心をあらわしていた。

「……ありがとう」

俺はそれだけ言う。余計なことは何も言えなかった。