コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 幼なじみから恋人までの距離(40) ( No.88 )
- 日時: 2013/07/03 19:20
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
やがて雪乃は熱の下がりかけみたいに落ち着いてきた。
「ねえ、翔くんは香凛ちゃんのどんなところが好きなの?」
「え? 香凛のいいところ?」
「そう」
お喋りを始める雪乃に、俺も安心する。
「んー……」
好きなひとを、「なんで好きなの?」と聞かれても、意外と答えにつまってしまう。
「ないの?」
「いや、あるよ。えっと……あいつは……あいつは」
俺は香凛が転校してきてからのことを思い出す。
あいつと俺は幼なじみだったけれど、それは小学生の頃の話だ。恋愛感情なんて分からなかった。
高二の春に転校してきた香凛は、すごく可愛くなっていた。
でも、そんなあいつを見て一目ボレしたかっていうと、全然そんなことはなかった。
やっぱ俺があいつを好きになったのは、今の中川香凛をよく知ってからだと思う。
転校生の中川香凛は——。
「あいつは口が悪くて、いつもひとを……っていうか俺をバカにしたようなこと言ってな」
「うん」
「それで、怒るとすぐ男子を殴っちゃうんだよ」
「うん」
「つまり、俺のよく知ってるあいつは、素直になれないで、口が悪くて不器用で、キレやすくて、すぐひとを殴っちゃうようなやつなんだ」
「……それって、いいところなのかな」
雪乃は難しそうな顔をして、首をかしげる。
俺の言っていることが滅茶苦茶でも、必死に理解しようとしてくれているんだ。
「確かに、今言ったのは短所ばかりだ。でもあいつも、そんな自分を変えたくて悩んでいたんだよ」
今から思えば、香凛は雪乃に対してコンプレックスを持っていたんだと思う。
雪乃は何でもよくできた。
誰とでもうまく付き合えるし、いつも、いつだって俺の近くに居た。
香凛はそんな雪乃に比べて、自分は欠点だらけだと思ったんだろう。
だからこそ、その欠点を直そうとがんばった。
だけど——。
「だけどさ、俺、無理しないでいいって思ったんだ」
雪乃を目の前にしながら、俺は、香凛のことを思い描いていた。
あいつのこととなると、つい夢中で話している自分が居た。
「欠点にしばられて、あいつがあいつらしくいられないなんて、俺は嫌だ。あいつにはもっと自分を好きになって欲しい。俺の望みは、無理してるあいつじゃなくて、笑ってるあいつのそばに居ることなんだ」
俺が言い終えると、新聞配達のバイクが走る音が聞こえた。
相手は雪乃なのに、このしんみりした空気に、恥ずかしくなってくる。
「……今の言葉、香凛ちゃんにそのまま言える?」
雪乃が意地悪な笑みを浮かべた。
「言う勇気はないな」
そう。面と向かって言う勇気なんかない。
だけど、この気持ちは俺の方からあいつに伝えなければいけないと思う。
「ねえ翔くん」
「どした?」
雪乃は鼻から下をシーツで隠し、遠慮がちに俺を見た。
「例えば、私のどんなところが好きかって聞かれたら、なんて答えてくれる?」
「そりゃ、まず優しいところ」
俺は即答していた。
「料理はもちろんのこと、何でもできるし、人あたりがよくてクラスのみんなにも好かれてるし」
「なんで私の長所はスラスラ出てくるの〜」
雪乃がごねる。
「だって雪乃の短所なんて、思い浮かばないもん。他には……やっぱ、可愛いところ?」
「可愛いだなんて、翔くん今まで面と向かって言ってくれなかったよ」
「いや、前々から思ってたさ。雪乃は可愛いよ」
「もー、翔くんをあきらめる前に言われたかったよ〜」
ついに雪乃はシーツを頭までかぶってしまう。
顔半分だけ出ていた顔が、全部隠れてしまった。
それでも、ぜんぜん気まずくなんてならない。
——ああ。雪乃と一緒に居ると、本当に落ち着く。
香凛もいつしか「相性が最高なんだと思うよ」って言ってたっけ。
小さい頃から一緒で、中学校でも高校でも一緒で、喧嘩らしい喧嘩もしたことなくて。
傍から見れば、本当にお似合いの二人だったのかもしれないな。