コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 幼なじみから恋人までの距離(41) ( No.89 )
- 日時: 2013/07/05 19:04
- 名前: あるゴマ ◆Dy0tsskLvY (ID: Ba9T.ag9)
俺は今まで、大切なひとから好きになってもらうだけだった。
自分から本気でそのひとを好きになることはなかった。
それがあの日——屋上で香凛に告白された瞬間から、俺の気持ちは揺さぶりをかけられた。
俺は迷い、香凛の気持ちにすぐ応えることができず、そうするうちに香凛は俺から距離を置いてしまった。
しかし、そうやって香凛が俺を突き放すことで、俺は初めて真剣になれた気がする。
俺は生まれて初めて「ひとを好きになること」について本気で考えた。
そしてやっと結論が出せた。
——俺は香凛が好きだってこと。
***
「翔、来たよ」
いつもと変わらない、よく晴れた日。
何事もなく授業を終え、時刻は午後三時ぴったり。
俺は香凛を校舎裏の、大きな木の下に呼び出していた。
「約束通り、私一人で来たよ」
「あ、ああ。悪いな」
俺は木にもたれかかり、緑の葉がそよぐのを見上げていた。
「あんたが、いつになく真面目な顔で『一人で来てくれ』なんていうんだもん。友達を待たせてあるから、用があるなら早く言ってよね」
「…………」
言葉が返ってこないのを変に思ってか、香凛が俺の顔をのぞき込んでくる。
「ちょっと、翔? ……どうしたの?」
香凛の目には、緊張しきった俺の顔が映っていたことだろう。
俺は今から香凛に告白するつもりだ。
屋上での告白から、ゴールデンウィークをはさみ、既に一週間が過ぎている。
香凛の中では「決着のついたこと」かもしれない。
だがこれは、ただ単に、香凛の告白に対する俺の返事ってだけじゃない。
俺が香凛を好きだから告白したいのだ。
雪乃と俺の間でも、既に決着はついている。
もし俺が香凛にふられても、俺は雪乃とは付き合わない。
雪乃は香凛の代わりじゃない。雪乃は香凛にふられた時のための保険なんかじゃない。
もちろんそんなことは、香凛には一言も言っていない。
今の俺は立つ瀬がない。今の俺は宙ぶらりんだ。
もしこれで香凛にふられたら——。
「翔、顔色が変だよ? おどおどしちゃって」
香凛のぱちくりした目が俺を見すえる。
香凛は転校してきた頃より少し髪が伸びた。今の俺には眩し過ぎる。
告白の言葉は用意していたはずで、さっきも頭の中で暗唱したはずだ。
告白の言葉、告白の言葉……。
——俺は今まで幸運だった。大切なひとは、向こうの方から俺を好きになってくれたからだ。
でも今度は、俺の方から向こうを好きになりたい。そして自分から、その大切なひとへの気持ちを伝えたい。
きっと未来は、いいことばかりじゃないと思う。
二人の関係のことで、すれ違いもあるだろうし、相手の気持ちが理解できず、怒って喧嘩することもあると思う。
でもその度に、悩んで苦しみながら、ぶつかった壁を乗り越えて、お互いの絆を深めていけたらいいなって、そう思う。
香凛、そういう時間を、俺にくれ。
「香凛……」
「なに?」
言いかけて、俺の胸は高鳴るばかりだった。
額に汗がにじみ、舌がざらつく。
いつもと変わらないはずの、放課後の風景。
その日常を変えようとして、勇気を出せず、あと一歩を踏み出せない自分が居た。
好きなひとに思いを伝えるだけなのに、それがこれほど大変だなんて。
香凛も雪乃も、よく面と向かって言えたなと思う。
最高の笑顔で俺に好きと言ってくれた香凛——。
あと少しの勇気が俺にも欲しい。
「あーあ」
香凛が一つ、溜息をついた。
「かっこよくないよ、今日の翔」
「え?」
香凛は口をとがらせ、つま先で、地面に円を描く。
その動作がピタリとやむと、顔を上げた。
「うん。今日の翔は、緊張して、おどおどして、弱く見える。かっこ悪いよ」
「俺、かっこ悪いか?」
「うん」
香凛がまた地面をこする。
靴の裏で、先ほど描いた円を丸ごと消していった。
そして、屋上での告白以来の、最高の笑顔をまた見せてくれた。
「聞いてあげるよ」
言われた瞬間、用意していた言葉はすべて消え、真っ白になった。
「す……好きだ」
かっこいい自分でなんかいられなかった。
なんて言えば女の子はしびれるのか、そんなこと分からない。
ただ叫ぶしかなかった。
「香凛、お前がいちばん好きだ!」