コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 恋桜 [Cherry Love] 迫る約束の時… ( No.155 )
日時: 2013/08/12 23:20
名前: 華憐 (ID: xDap4eTO)

「真奈ちゃん?早く教室に戻りなさいよ?授業、始まりますよ〜」

えーちゃんがちょこっと扉から顔を出しながらそう言う。私はすぐさま我に返って「はい!」と返事して自分の席に着いた。そして、チャイムが鳴るのと同時に再び花澤さんが教卓の前に立った。

「えーっと、先程挙手した方はその場で起立してください」

そう言われて、先程挙手したであろう人たちが立ち上がった。勿論、私も立ち上がった。そして美樹が言っていた話を信じるわけではないんだけど……逢坂くんも立っていた。女子のみんなは「逢坂くんがいるんだったらあたしも立候補しとけばよかった〜」なんていう甘ったるい声が至る所から聞こえる。

「それで……横断幕係りと看板係りはここに。応援団に所属する方は後方に。どれにも立候補しなかった方は、先生から説明がありますので、暫くそのままお待ちください。それでは散らばってください」

それと同時に立っていた人たちは移動し始めた。私のクラスは40人クラスだが、10人ほどが移動し始めていた。教室前方に5人、後方に5人という感じだ。

「はい、皆さん位置についたようですね?それでは、私の方から説明させていただきます……」

こうしてえーちゃんの話が始まり、私達は体育祭への意気込みを語った。私のクラスの色は青。なぜかこの色を見ていると落ち着くという花澤さんの意見から選ばれた色だ。

「はい、それでは体育祭、成功させましょう!おーー!!」

えーちゃんが拳を天井に向かって高く突き上げると、生徒も笑顔を浮かべながらそれを倣った。

——LHR後

なぜだか私の席の周りにたくさんの女子が集結していた。

「ねえねえ、真奈ちゃん!あたしと係り変わらない?絶対男子も応援団に真奈ちゃん居た方がやる気出ると思うんだけど……」
「美香子より、私と変わらない?綾川さん可愛いしさー……」
「横断幕と看板変わらない?」

皆口を揃えて「私と変わらない?」と言う。全く嫌になっちゃう、都合のいい時だけ、自分の欲を押し付けてきて。私はこういうの好きじゃない。だから断る。

「ごめんね。先生にすっごい頼まれちゃったの」
「ごめん。もう決まっちゃってるみたいで……」

1つ1つ丁寧に断りを入れる。これくらいの嘘は優しい嘘と言えるだろう。私はそう思いながら、笑顔を絶やさずに断り続けていた。しかし、そろそろ私にも限界がやってきた。作り笑顔をしすぎて、笑顔が引き攣ってきているような気がしてきた。もうそろそろ駄目だ——そう思った途端、優那が介入してきた。まさに助け船だった。

「ごめん!皆!真奈とこれから部活だから!皆も頑張って!ほら、真奈早く!先輩が首を長くして待ってるはずだよ」
「そ、そうなの!そういうわけだから皆ばいばい」

私が鞄の紐を肩に掛けて、足早に優那と共に教室を後にすると、不満げな声が遠くから聞こえた。

——翌日

「おはよう、綾川さん」

相変わらずの爽やか王子様スマイルを振りまいている逢坂くん。私はそんな彼の笑顔に目を細めながらも、笑顔で挨拶を返す。

「おはよう」
「あ、そーだ!綾川さん!」
「ん?どうしたの?」
「今日から看板作りが始まるんだって」
「もう始まるの?早いね」
「だね。でもデザインは決まってるみたい。毎年恒例みたいだよ?背景のデザインを少しいじってペイントするだけ、みたいな?」
「へえ。そうなんだ。もっと複雑なものかと……」
「うんうん、俺も。俺もそう思ってた」

逢坂くんはうなずきながら、時計をちらりと確認する。あと10秒でSHRが始まることに気付き、慌てて「それじゃあ、また後で」と言って自分の席に着いた。時間ぴったりに現れたえーちゃん。そこは彼女が律儀な所をよく表していると思う。

「起立。礼」

日直の掛け声とともに一斉に立ち上がる生徒たち。そして、頭を軽く下げて、先生と会釈するようにして、挨拶を交わす。

「おはようございます」
「おはようございます」
「着席」

ガタガタという椅子を引く音と共に、皆が座る。

「えー、今日から体育祭の準備が本格的に始まります。1年生の皆さんはドキドキワクワクでしょうが、あまり浮かれすぎないように。先輩や先生方を手伝うように心がけましょう。以上です。一限目は古典です」

えーちゃんの言葉を最後にリラックスムードに入る1-B。本当にのびのびしている。進学校とは思えないくらいのくつろぎようだが、このクラスは学年で一番の偏差値を誇っているらしい。恐らく、クラス編成に失敗したのだろう。もしくは私や凜の当日の成績がそこまでよくなかったかだ。私がそんなことを考えていると、目の前で手を振る美樹が。

「おはよ」
「おはよー!もう真奈ったら、このあたしが居るって言うのに、朝のうちにおはようの挨拶も無かったなんて……酷いよ」
「30秒遅れで遅刻した方が悪いでしょ」
「さ、30秒なんてそんな大した時間じゃないさ。それに細かすぎるよ!」
「だって、美樹が挨拶してほしかったなんて言うから……」
「わかりましたー。はあ。一限目から古典かー。やる気無くすなあ」
「美樹って古典苦手なの?」
「いいや?普通に得意なのかな?あんまり好きじゃないけど得意みたいな?まあ、天性の才能ってやつかな?」
「……」
「ボケたんだから突っ込んでよ」
「あ、ごめん」
「わ、わざとらしい……!?」

美樹がこれもまたわざとらしく口に手を当てて目を大きく見開いた。そんなやり取りが可笑しくて笑っていると何時の間にか、一限目を告げるチャイムが鳴っていた。

Re: 恋桜 [Cherry Love] 迫る約束の時… ( No.156 )
日時: 2013/08/12 23:37
名前: 華憐 (ID: xDap4eTO)

——放課後

「あの、私今日から看板を担当することになったので、暫く部活動に顔を出せないかもしれないんです。すみません」

私が先輩の教室の前で先輩に向かって深々とお辞儀する。先輩らはそれを笑顔で快く受け止めてくれた。そして、先輩への報告を終えた私は教室の帰り、教室で待っていた逢坂くんと早速作業を始めることにした。まず見本となる写真を見ながら看板の板に下書きを施す。そして、それを終えたらまず背景から塗り上げる。色は夏の晴天によく映えるように黄色とオレンジでドット柄を描くことにした。

「なんかこういうの久しぶりだなあ」

逢坂くんが楽しそうにペンキで看板の背景を塗りながら言う。ちなみに、今日は一番バックとなる背景の黄色を塗り、明日、オレンジでドット柄を描く予定だ。だから、私も逢坂くんも今、同じ黄色のペンキを片手に色を塗っている。

「私も久しぶりだなあ。おじいちゃんを手伝った時以来だから……2年ぶりかな?」
「おじいちゃん?」
「そうそう。京都に住んでるの」
「へえ、そうなんだ。何したの?」
「んーとねぇ……」

こんな感じで会話のネタに困ることは無かった。しかし、1つ困ることがあった。それは……色を塗り進めるにつれて逢坂くんと近づいてしまうということだった。どういうことかというと、私達はより効率よく作業を進めるために、手分けして端から塗り進めていたのだ。そのためどんどん私たちの距離は近づき、最終的には向かい合うような形で作業を進めなくてはならないのだ。そんなことになったら、私の心臓は破裂しそうなくらいドキドキするに決まっている。というよりも既にそういう状態になっている。段々と口数が減っていき、互いに塗装に集中力を掛けていた所為か気づけば額と額がくっつきそうな距離まで近づいていた。間近で感じる逢坂くんの息遣い、動き。そのどれもが惚れ惚れするほどに無駄がなく美しい。

「綺麗……」

私が逢坂くんを見て、感嘆しながら思わずそう呟くと、逢坂くんがふと顔をあげた。その時、危うく唇と唇が接触しそうになった。私はそれに驚いて思い切り後退りしたが、逢坂くんは全く動じる様子がない。寧ろ今何が起こったのか、全く理解していないようだ。

「ん?どうかしたの?そんなに慌てて」
「ううん、なんでもないの」
「そっか。それよりもさっき、綺麗って言ってなかった?」
「え?あ、ああ。あれはね……」

逢坂くんの動きすべてが美しすぎて……何で口が裂けても言えるはずがない。私は適当な理由を見つけようと目を動かし、窓の外に目を向けた。

「あ、あの夕日が赤くて綺麗だなって思って」

私は思い切り今思いついたばかりの理由をつけたして、逢坂くんの質問に応答した。逢坂くんはそれを聞いて「そっか」と笑顔で答え、私達は再び作業に取り掛かった。

Re: 恋桜 [Cherry Love] 迫る約束の時… ( No.157 )
日時: 2013/08/13 14:14
名前: 華憐 (ID: xDap4eTO)

「お、終わった〜」

私がペンキを床に置いて、伸びをすると、時刻はすでに19時を回っていた。

「こんなに学校に長居しちゃった」

私はおどけた様子でいうと、逢坂くんもくすくすと笑った。

「本当、大分日が短くなってきたね」

そう言って彼は日の落ちた、少し赤みがかった藍色の空を見た。

「本当だね〜。って、あ!私お母さんにこのこと言ってなかったんだった!」

私はそう言いながら、鞄からスマホを取出し、メールを確認する。すると1件メールを受信していた。

「やっぱりメール来てる……」

私は怒ってるのかな?と心配になりつつもゆっくりと開いた。しかし、母のメールの内容はそんなものではなかった。

”今日は会社の人の歓迎会で、23時頃になるの”
”夕ご飯は作ってあるので、チンして食べてね☆”

「よかった〜。ていうか、お母さん歓迎会なんだ」

私はスマホを鞄にしまいながら呟くと、逢坂くんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「ご両親、怒ってなかった?」
「うん!大丈夫!お母さん、今日は遅いみたいだし……」

私はそう言いながら笑顔で応えると、「よかった」とほほ笑んでくれた。うん、やっぱり逢坂くんがモテる理由がわかる気がするよ。本当、私ってばなんでこんなにライバルの多い人を好きになっちゃったんだろう。あれ?でも、凜のこと好きな子も相当多いよね?……凜、あれから普通に接してくれてるけど、傷、癒えたかな?私がそんな心配ごとをしているうちに、逢坂くんが全部の後始末をやってくれていたようだ。

「ご、ごめんね!私、片付け放りっぱなしで……!」

私は泣きそうになりながら、逢坂くんの袖口を掴むと、逢坂くんはゆっくりとその手を払いのけた。ああ、やっぱり私なんかに握られるの嫌だよね……。そう思って、落ち込みかけたところに、逢坂くんがなぜか私のその手を今度は包み込むようにした。

「え?」
「ごめん。嫌、だった?」

逢坂くんが慌てて手を引っ込めようとするので、私はもう片方の手で、その手を抑えた。逢坂くんの目が大きく見開かれる。

「ううん、嫌、じゃない」
「……ありがとう」

そう言ってほほ笑んだ逢坂くんは、そのまま言葉をつづけた。

「俺はね、ただ綾川さんと何か一緒に作業できるだけで、楽しいし嬉しいよ?だから、そんなに謝らないで?明日は一緒に片付ければいいから。ね?」

どこか諭されるような言い方に私は首を縦に振った。それを笑顔で見届けた彼は私の手をぱっと放して、鞄に手を伸ばした。

「さあ、帰ろう。もう遅いしね。家まで送るよ」
「ううん、そんな遠いわけじゃないし、時間もったいないから送ってくれなくても大丈夫だよ?」
「いいの。俺がやりたいだけだから。ボランティアだと思ってよ」

彼は無邪気に笑いながらそう言うと、扉のほうへと歩き始めた。私は慌ててその影を追って、教室を後にし、電気を消して昇降口へと向かった。


「うわー、まだ部活してるんだね」
「でも、もう片付けてるっぽいけど?」

私達は校門へ向かう途中に見えるグラウンドを眺めながら言う。

「サッカー部ってすっごい練習ハードって聞くよ?」
「らしいねー。まあ、ずっと走りっぱなしだし」
「逢坂くんは凜と同じく、バスケ部だよね?」
「そうだよ?」
「バスケ部も大変そう」
「レギュラー争いは厳しいかな」

彼は何かを思い出すように笑った。

「何か思い出でもあるの?」
「男の秘密ってやつさ」
「よ、余計気になる……!」

私は目を輝かせながら逢坂くんに一歩詰め寄る。しかし、逢坂くんはひるまずに、笑顔を浮かべて私の言葉を綺麗に躱し続けるだけだった。

——楽しい時間はあっという間に過ぎる。

まさにその言葉通り、20分は掛かる道のりがなんだか凄く短く感じた。気が付けば私の家の前だった。

「わざわざ送ってくれて、ありがとう!」
「いいえ〜。それじゃあ、また明日!」

そう言って去ろうとした逢坂くんをなぜか私は引き留めてしまった。

「あ、あの!逢坂くん!」
「ん?」

逢坂くんはゆっくりとこちらを振り返る。次にかける言葉を考えていなかった私はトギマギしてしまう。「えーっと、あのぉ」と口籠っていると、そういえば逢坂くんとメーアド交換をしていなかったことに気付く。

「メーアド交換しない?まだしてないし……」
「そういえばそうだね。交換しよっか」

そう言って逢坂くんは鞄の中からスマホを取り出した。そして互いにバーコードを読み込み合った後、逢坂くんは帰って行った。

「はあ」

思わず漏れる溜息。先程までの光景を思い出す度にあの時間がずっと続いたらよかったのに、と願ってしまう。

「過去なんか振り返ってどうするのよ、私」

私は自嘲的な笑みを浮かべると、くるりと方向転換をして玄関の扉へと手を掛けた。

Re: 恋桜 [Cherry Love] 迫る約束の時… ( No.158 )
日時: 2013/08/14 13:07
名前: 華憐 (ID: xDap4eTO)

それからの時間はすごく長く感じた。冷えたご飯を温めるのを忘れて、逢坂くんのことを思い出しながら食べてたり、お風呂に入る時でも逢坂くんのことを思い浮かべてたり……。しまいには、勉強机に向かった時に逢坂くんに告白されたいなあ、なんてことを思ってしまったり。

「あ〜!!私、かなりの重症!」

私は椅子の上で足をバタつかせながら、シャーペンを放り投げた。まだ解きかけの問題が私のことを寂しそうに見上げてる気がした。……どうしてこんな時に亮さんのあの寂しそうな笑顔が浮かんでくるの?いつもそれを思い出す度に胸の奥が締め付けられて、何かを暗示するみたいにあの約束のことが蘇るの。でも、あの男の子の溌剌とした笑顔は、亮さんみたいに……どこか陰のある笑顔じゃなかったし。だけど、私があの子の顔をあまりはっきり覚えてない所為か、亮さんがあの男の子かもしれないと思い始めた。

「こんなの亮さんにとって迷惑なだけじゃない……」

そうは思うのだけれど、なんだか女の勘というのだろうか。そんなものがうずうずするような、胸が騒ぐようなそんな感覚が体中を駆け巡る。も、もし亮さんがあの子だったとしたら……あれから10年だから、亮さんに告白されるかもしれないってことだよね?そうなったら私、どうすればいいの?亮さんのことは1回しか会ったことがないけれど好きだし、逢坂く、徹くんのことはそれ以上に大好きなの。……もしそんなことになったら私はどちらを選ぶのだろう。過去の気持ちか現在の気持ちか。はたまた未来の想像によって創造された私の気持ちなのか。

——今はまだ、決められない。

「って、亮さんがあの男の子って決まったわけじゃないし、根拠もないんだし、今悩む必要はないよ!」

私は自分に言い聞かせるようにそう言うと、先程から解きかけのままで止まっていた問題を解き始めた。


——翌日(水曜日)

「真奈、いい加減起きなさい」

珍しく私は母に起こされた。どうやら昨日問題を解くのがあまりにも楽しくて、12時を過ぎても解き続けていたらしい。いつの間にか問題集が終わってしまっていた。

「うーん、今行く」

私は軽くそう返事を返すと、パジャマを脱ぎ捨て、寝ぼけ眼をこすりながら制服に着替えた。制服を着替えているうちにだんだんと目が覚めてきたのか、ぼんやりしていた視界もだんだんとクリアになって行った。

「よし」

私は今日も一日がんばるぞ、と自分に活を入れて、部屋を出た。


——通学路にて。


「真奈〜!おっはよ〜!」

相変わらずのハイテンションさで私に話しかけてくるのは——美樹だ。

「おはよう、美樹。今日は随分と早いんだね」
「まあね〜。このあたしに不可能の2文字はな……」
「優那おはよう!」
「あ!真奈!おはよう」
「ちょ、ちょっと真奈!?親友のボケをスルーするってどういうことかしら!?」

優那は石島くんと幸せそうに談笑しながら桜並木を歩いていく。すっかり桜は青々と茂っている。そして美樹の頬は怒って真っ赤になっている。

「もう、真奈ったら知らないんだから」
「つ、ツンデレ……」
「ツンデレなんかじゃ、な、な、ないんだからね!?」
「ツンデレ確定だね」

私が最上級の笑顔を浮かべてそう言うと、美樹は悔しそうに顔を歪ませて「負けた……」と呟いている。一体何に対して負けたのかはわからないが。

「あ、そうだ!」

この美樹の切り替えようの速さにはいつも驚かされる。

「今日って朝礼だよね〜」
「あ〜校長先生の長い話ね」
「真奈ってそういう認識してるんだ……」
「え?なに?」
「ううん、何でもない。でもさ、朝礼の時やけに真奈上級生に絡まれるよね〜」

なぜか美樹がニヤニヤしながら言う。別にやましいことでも何でもないと思うのだが。

「確かに。メーアドとかよく聞かれるかな〜」
「そういう時ってどうするの?」
「……」
「なぜ無言!?」

美樹が驚いたような仕草をした後に、鞄の中をごそごそとあさり始めた。

「どうしたの?」
「いや、情報あったかなって」
「どうして親友のことを嗅ぎまわってるのさ」

私が拗ねたように言うと、美樹は「ごめんごめん。情報やだから」と軽い感じで躱された。でもやっぱり…自分の情報を勝手に振り撒かれるのはいい気がしない。

「あった」

そう言って美樹は鞄の中から明らかに怪しげな黒い手帳を取り出した。巷(ちまた)では、”ブラックノート”と呼称されている。

「えーっと、綾川だから結構前に……あった。んーと、メーアドを聞くと全部断る……。そうだったの」
「うん」

本当にブラックノートは気味が悪い。私の知らない私がそのまま映し出されたような、鏡のようだ。鏡はまだ自分の都合の良い所しか見なくて済むが、ブラックノートの鏡は違う。

「あの、美樹……?」
「どうした?」

美樹は鞄の中にブラックノートをしまいながら言う。

「その、美樹が情報屋なのは知ってるけど……私の情報もやっぱり売られてるんだよね?」
「……まあ需要は多いけど、親友の情報を売るのは気分が悪いしね。ここ最近は超好条件じゃない限り、売らないようにしてる」
「好条件なら売るんだ……」
「だいじょーぶ!あたしの設定した超好条件は並大抵の人間では満たせないから!」
「一体どんな条件を設定したの?」
「ふふふ。ここからは企業秘密ですわ、真奈さん」

美樹はそう言って怪しげな笑みを浮かべる。

「本当一体何してるんだか」

私はやれやれとでも言うように、肩を竦めて首を振って見せた。

「あ、ちょっと馬鹿にしたでしょ!?」
「ば、馬鹿にしてなんかないよ!」
「じゃあ、なぜ詰まったんだ!?」
「そ、それはですねえ……」

私達は互いに笑いを堪えながらそんな会話を続けた。そして暫く歩き続けると、桜田高校の校門が見えてきた。初めてこの校門を潜ったのは受験の時が初めてだ。この学校に行くと既に中学1年生の時から決めていたので、わざわざ学校説明会に行く必要もなかった。そして迎えた合格発表日。一度受験して落ちただけにすこしのトラウマがありつつも今回こそはいける——そんな自信があった。そして見事合格した私は有頂天になりながら残りの2週間を有意義に過ごした。

「真奈?足、止まってるよ?」
「え?あ、ごめん」

私は思い出を振り返っているうちに、門前で足を止めていたようだ。

「私の思い出が詰まってる」
「え?何か言った?」
「ううん、何でもない」
「そっか!あ、それでね昨日入ったばかりの情報なんだけど真奈には特別に話すね。実は……」

こんな風に私の日常は始まっていく。入学してから暫く経って、これが当たり前のようになっていた。だけど、本当は当たり前じゃないんだ。私は……今、すごく幸せなんだ。そう実感した8月末のことだった。

Re: 恋桜 [Cherry Love] 迫る約束の時… ( No.159 )
日時: 2013/08/15 17:12
名前: 華憐 (ID: xDap4eTO)

授業が終わり、再び看板の塗装へと移行していた私と逢坂くん。他愛もない会話をつづけながら何気なく夕暮れ色に染まる校門を見ていると、人影が……。

「ねえ、逢坂くん」
「ん?どうしたの?」

逢坂くんは顔をこちらに向ける。私はそんな彼の顔にドキドキしながらも言葉を紡ぐ。

「校門前に人がいるんだけど……」
「こんな時間に訪問者?もう5時半なのにね」

そう言って逢坂くんも振り返って窓の外を見た。すると、どんどん表情が強張っていくのがわかった。

「どう、したの?」
「……」
「逢坂くん?」
「……え!?何か言った?」

逢坂くんはまるでその人影に吸い込まれるように視線が釘付けになっていて、私の声にも応答できないほどに夢中になっていた。

「いや、その、どうしたのかなーって」

私が苦笑しながら言うと、逢坂くんは私を安心させるようにふわっと笑った。

「大丈夫。俺の知り合いみたいだから、ちょっと話してくるよ。その間、作業、綾川さん1人になっちゃうけど……大丈夫かな?」
「う、うん!大丈夫だよ」
「そっか。ありがとう!すぐに戻ってくるから!」

逢坂くんは去り際に手を振りながら、走って校門前まで向かった。私は校門前で何やら話している2人の人影を窓から見ていた。逆光の所為で、真っ暗で何も見えない。でも、初めて見たという感じはしない。どこかで一度あったような……。もしかして亮さん?だって私、逢坂くんの知り合いなんて、お兄さんの亮さんしか会ったことないもの。……でも、もしかしたら人違いかもしれないし。うん、そうだよ。きっと人違いだ。ここで私がしゃしゃり出ても何も変わらないよ。そう言って一人でうなづいていると、いつの間にか廊下を駆ける音が。そして1-Bの教室の前でその音が消えると、一気に扉が開け放たれた。廊下を駆ける音で誰かが近づいてきているのはわかっていたけれど、いきなり扉を開け放たれると、こちらだって驚きくらいはするものだ。しかし、私が驚いたのは扉の所為だけじゃなかった。

「真奈ちゃん!」
「え……?」

私は予想外の人に混乱した。今の足音は逢坂くんのはずじゃ……?いや、亮さんだって逢坂くんか。じゃなくて!どうして徹くんはいないの!?私は必死に考えを巡らせるが、どうも解決の糸口は見つかりそうにない。

「あの、どうしてここに……?」
「うーんと、話すと長くなっちゃうから簡潔に。真奈ちゃんに会いに来たんだけど、徹に邪魔されて、走ってここまで全力疾走してきたって感じかな」

なんて非常識な……。私はそう冷たい目で亮さんを見たが、彼は何食わぬ顔でそこに立っていた。

「では、逢さ……じゃなくて、徹くんは?」
「彼は今、告白されてるよ」
「こ、告白!?」
「そうそう。僕を追ってくる途中に女の子に掴まったみたいでねー。あの子の表情の強張りようったら、告白しかないんじゃないかな?」

さも可笑しそうに薄い笑みを浮かべて先ほどのことを思い浮かべている亮さん。もしかして、性格悪い……?そんなことを思い始めていたとき、廊下から再び足音が。

「わお。案外早く断って来ちゃったのね。女の子が可哀想だなあ」

そんなことを言いつつも顔は笑っている亮さん。素直に恐怖を覚えた。

「それじゃあ、僕はここに長居できないみたいだから、メーアドと携帯番号、置いておくね?連絡宜しく!」

そう言って、私に小さな紙切れを1つ渡した亮さんは風の如く、物凄い速さで私の目の前から姿を消した。私はただこの状況に呆然としてると、遅れてやってきた徹くんが開け放たれた扉から慌てた様子で入ってきた。

「綾川さん!兄さんに何もされてない!?」

そう言いながら私に駆け寄り、なんと……抱き締めた。力強く。私の存在を確かめるかのように。

「あ、逢坂くん……?」

私は驚きのあまり、現状を把握するのにたっぷり時間を要したが、状況をだんだんと理解していくうちにだんだんと頬が紅潮していくのがわかった。

「ごめん」

そう言って、逢坂くんはゆっくりと私を抱きしめる力を緩めた。そして、あまりにも心配そうに私のことを見詰めるので、私は笑って見せた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、逢坂くん。私、何もされてないよ?ちょっと話しただけ」

私はそう言いながら、背後にある右手の中のものをぎゅっと強く握りしめた。この嘘は優しい嘘だよね……?間違って、ないよね?私は自問自答を繰り返して、結局隠し通すことを決めた。

「本当に?俺は綾川さんを信じてもいい?」
「……うん」

私は少し躊躇いながらもそう返した。しかし、よほど心配なのか、また私を抱きしめながら彼は言う。

「もし、メールとか電話とか来ても1通もとっちゃダメだし、真に受けちゃダメだよ?」
「ふふふ、わかった」

私がようやく笑顔をこぼしながら頷いたことに安心したのか、「よかった」と言って、私の元から離れて行った。……その後しばらく作業を続けて、昨日より少し早く帰宅した。勿論、逢坂くんと一緒に。そして、家に到着した私は、逢坂くんい抱きしめられた時の感覚を思い出しながら1人で悶えていた。母に気味が悪いと言われるほどに。

「ほんとう、変な真奈。逢坂くんにでも抱き締められたの?」
「ど、どうしてそれを……!?」
「図星なのね。ふふふ、私の学生時代にそっくりね」
「母さんと同じ……?」
「そうそう。まあ、これから先真奈がどういう恋愛道を通るのかはわからないけれど、母さんの選んだ道は茨の道だったわ。すっごく辛かったわねー」
「そんな恋をしてたの?」
「そう。本当につらかった。まあ、ここで話す気はないけどね」

母は語尾にハートマークをつけそうな勢いで話し、しまいにはウィンクまでつけてくる始末だった。

「はいはい」
「まあ、私の恋愛道を知ってしまったら、真奈が自分の通りたい道を塞いでしまうかもしれないからね。何もかもが片付いたら話してあげる」
「分かった。……それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」

私はそう告げると、自室がある2階へと階段を上って行った。