コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: 恋桜 [Cherry Love] 体育祭で大波乱の予感!? ( No.169 )
日時: 2013/08/24 12:03
名前: 華憐 (ID: SUkZz.Kh)

「真〜奈〜!!」
「ん?」
「お疲れちゃん!」

そう言って、美樹は私の頬にペットボトルをあてた。

「冷たっ!」

私はあてられたペットボトルを美樹の手から捥ぎ取って、何を持ってきたのかを見た。

「ふふ〜ん、このあたしったら気が利くわよね〜。スポーツドリンクよ!スポーツドリンク!」
「くれるの?」
「もちろ〜ん!青組優勝に貢献したわけだしね!」
「何でそんな上から目線なんですか……」
「え?元からよ?やだなあ、真奈ったら〜」

美樹はなぜか照れながら私の背中をバシバシと叩く。やたらとテンションが高い。体育祭だからだろうか。

「それより、真奈!早くお弁当食べようよ!みんな移動し始めてるし」

美樹に言われて、視線を応援席の方へと移すと、皆昇降口へと歩き始めているのが見えた。

「本当だね。私達も行こうか」

私はそう言いながら、ペットボトルの蓋を開けて飲みながら歩く。

「こら、真奈。行儀が悪いわよ」
「だって喉か渇いて死にそうなんだもん」
「それでも駄目〜」

美樹はそう言うと、私の手の中からペットボトルと蓋を奪い去って、蓋を閉めた。そして、それを私に投げて寄越した。

「わっと……。美樹危ないじゃんか」
「行儀悪いことした方が悪いのよ」

そう言われて、確かに美樹の方が正論だと思った私は何も言えなくて、少しムスッとしていると、通り過ぎようとした準備室の中から声が聞こえてきた。

「来ないでくれ……だろ」
「だって僕……にあ……たいから」
「やっぱりに……さん、あ……さんが……と思っ……るの?」

所々声が途切れていてよく聞き取れない。

「ねえ、美樹」
「ん?何?」
「何か準備室から声、聞こえない?」
「え?何々!?幽霊!?」
「じゃなくて、人の声」
「なーんだ。んー、そう言われると聞こえるかも。でもどうして?」
「いや、何でわざわざ準備室とかで話すのかなーと」
「告白じゃない?」
「こ、告白!?でも、聞こえてきた2つの声は男の子の声だったし……」
「だったら、BLなのよ」
「BL!?」
「そうそう。ほら、解決。行くよ。あたしだって短距離走出てお腹空いてるんだからね〜?」

私はそう美樹に強く言われればそんな気がしてきて、その時はただ美樹に引きずられて校舎へ向かうことしかできなかった。


——教室にて

「ねえ、今思ってみればあれ、逢坂くんの声だったかもしれない」

私は仲の良い優那、涼香、そして美樹と共に昼食をとりながら先程のことについて話す。

「それ、真奈が好きすぎて幻聴聞こえてきたんじゃないの?」

涼香が口角を上げながら冷やかすように言う。

「そ、そんなことないよ!」
「焦った」
「焦ったよね」
「真奈、焦った……」

そう言って、3人は私をジトーーと見た。

「だから違うって!!」
「分かってるよ、真奈〜!安心してって!」
「涼香の安心してが一番不安」
「真奈ちゃん?」
「いや、なんでもないです」
「そう」

無理矢理言わされた——!!と心の中で叫んでいると、ズボンの中のスマホが震えた。私はスマホを取り出して、メールを確認する。すると、なんと亮さんからだった。

”体育祭、僕も見たよ。真奈ちゃん凄いね!あんなに速いなんてびっくりしたよ。
あ、それでね。今日、体育祭終わったあと、少し時間空いてる?ちょっと話したいことがあって……。もしOKなら20時に桜並木の所に来てくれるかな?”

「急に、どうしたんだろ……」
「何々、真奈ー?逢坂くんからのダンスパーティーのお誘い!?」

美樹があまりにも大きな声で言うから、クラス全員がこちらを振り返った。私は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしながら、それを否定した。すると、皆はなぜか安堵のため息を吐きながらそれぞれの談笑へと戻った。

「もう、美樹!」
「ごめんごめん。ねえねえ、それより、何のメール!?」
「あたしも知りたい!」
「私も〜」

3人に詰め寄られ見せるしかなくなった私は恐る恐る画面を3人の方向へと向けた。すると、皆眉を訝しげにしながら同時に尋ねた。

「「「逢坂亮って誰?」」」

私はあまりにも凄いシンクロ具合に笑いながらも答えた。でも、美樹は気付いているようだった。それに、私に亮さんの存在を教えてくれたのは美樹なわけだし。

「逢坂くんのお兄さんだよ。今、確か高校3年生って言ってたっけなあ?」

私はこの間会った日のことを思い出しながら言う。

「うっそ!?超イケメンって噂じゃん!」

涼香がすかさず喰いつく。

「うん。すっごく格好よかったよ?逢坂くんの目を少し垂れ目にして、背がもう少しだけ高くなったみたいな感じ」
「え〜、私も会ってみたい!」
「あたしも会いたい〜」
「あたしもあたしも!」

皆の目が途端にキラキラし始めた。涼香や優那に置いては立派な彼氏がいるというのに。

「2人は彼氏いるじゃん」
「「それとこれとは別なのです」」
「そ、そうですか」

んー、それでも亮さんにいきなり友達ですって紹介しても反応に困るだけだよね。うん、そうだよ。だからもうちょっと仲良くなってからにしよう。そう決意して私は口を開く。

「うーん、でもやっぱり、私もまだまだ亮さんと知り合ったばかりだから、いきなり私の友達ですっとか言って紹介するのも反応困るんじゃないかなって思うんだよ。だからもうちょっと親睦を深めてからでもいいかな?」
「まあ、急いでるわけじゃないしね。あたしはいつでもOKだよ」
「うん、私も大丈夫。無理言ってごめんね」
「あたしはいつだって真奈に合わせるよ」
「皆……ありがとう!!」

私はそう言いながら3人を一気に抱き締めた。3人は一瞬驚いたようだったが、すぐに笑って私の腰に手を回してくれた。

「あたしたちはいつだって真奈の味方だよ。それはよーく真奈が知ってるでしょ?」

美樹は優しく微笑みながら言う。私はそれに大きく頷くと、ドッと笑いの波が押し寄せた。こうして、私達は楽しく昼食を取った後、グラウンドへと戻り、午後の部の開始を待った。

Re: 恋桜 [Cherry Love] ——少年達の思いが交差する ( No.170 )
日時: 2013/08/26 12:44
名前: 華憐 (ID: SUkZz.Kh)

私達はグラウンドで午後の部の開幕を聞き届けると、それぞれの参加競技に全力を注ぎ、気付けばダンスパーティーとなっていた。ダンスパーティーでは男子が女子を誘わなければならないという伝統がある。そのため女子は胸を躍らせ、男子は緊張するのだ。この時に告白をしてカップルとなる者も多いという噂だ。そういう訳で私は少し期待しながら待っているわけなのだが、一向に逢坂くんは私を誘ってくれるような気配はない。彼を待っている間に、すでに25人も断ってしまった。とても心がいたたまれる。中には格好よくて、女の子にさぞ人気なのだろうなというような他学年の先輩にも声を掛けられた。しかしそれも断った。

「はあ」

思わず漏れる溜息。

「何?徹を待ってるの?」

今の今まで気にならなかった”徹”という美樹の呼び方に苛立つ。しかし、それは逢坂くんから言ったことなのだから私が起こる義理はない。握りしめていた拳の力を抜き、力なく美樹に笑って見せた。

「ごめん。何でそんな元気ないのかはだいたい察しが付くけれど、あえて外して聞くわね。……あたしが先に誘われたから怒ってるの?」

美樹はそう言って可笑しそうに聞く。本当、なぜわざわざそんなことをするのか聞いてやりたい。いや、私だって本当はわかっている。彼女なりの配慮だ。少しでも私の気を彼から逸らして、楽にさせようと思っているのだろう。

「そんなんじゃないよ。まあ、美樹はもう踊る相手決まってるみたいだけどね」
「えへへ〜!いいでしょう?この学年でトップ5には入るイケメンくんに誘われちゃったのよ〜?やあ、告白されたら即OKだな」

一人でニヤニヤしながら頷く美樹。ああ、新たな恋が始められそうで良かった。そう心から思った瞬間だった。

「名前なんて言うんだっけ?」
「新條くん。名前は優真だよ?もう、完璧よね!」
「あ、あははは……」

私はあまりの美樹の興奮様に、少し引き気味に苦笑いを返す。

「もう何よ!真奈ったら。自分から聞いてきたんじゃない!」
「ごめんって〜」

私達はいつものような会話を繰り広げていると、誰かが美樹の後ろに立った。私は誰だろうと美樹の後ろを覗き込む。すると、先程美樹に話しかけていた新條優真くんがそこには立っていた。美樹は慌てて「新條くん!」と振り向くと、彼は少し可笑しそうにしながら「それじゃあ行こうか」と言って歩き始めた。美樹はそれについていき、暫く歩いてからこちらを振り返ってウィンクをしてきた。恐らくそっちも頑張ってというような意味合いだろう。私はそれに対して大きく手を振りかえすと、こちらに背を向けて走り出した彼女の背中を見送っていた。

「あと10分でパーティーか……」

私は校舎の時計を見上げてまた溜め息をついていると、いきなり時計から逢坂くんの顔が私の瞳に映った。私はびっくりして硬直する。

「綾川さん、どうしたの?溜息ついて」
「う、ううん。何でもないの」
「そっか。あ、ダンスパーティーのペア、まだ空いてるのかな?」
「……も、もちろん!!」
「本当?よかった!それじゃあ、あと少ししかないしね、急ごう」

逢坂くんはそう言って、座り込んでいる私に手を差し伸べた。私はその行為に甘えてその手を握り、立ち上がった。そして、ダンスパーティーに参加する人が招集されている場所へと2人で仲良く歩いて行った。

Re: 恋桜 [Cherry Love] ——少年達の思いが交差する ( No.171 )
日時: 2013/09/07 12:53
名前: 華憐 (ID: SUkZz.Kh)

それからの時間は早かった。互いに見つめあいながら踊るダンスパーティーは物凄い緊張したけれど、とても幸せで30分という時間があっという間に感じた。そして、ダンスパーティーが終われば体育祭の閉会宣言と成績発表を聞き、解散となる。私達青組は祈るようにして閉会式を迎え、校長先生の長い話もほとんど聞き流すようにして成績発表を待った。最後のほうは赤組と黄組の追い上げが凄く、優勝できるかどうか危ういのだ。

『……それでは成績発表に移ります。ではまず種目ごとの成績から。50メートル走、第一位青組。第二位黄組……』

ああ、もう!種目は後で言ってくれればいいのに!早く総合優勝を教えて!私はそう思いながらも平然とした態度で聞く。

『4×400メートルリレー男子、第一位青組。第二位赤組。第三位白組。4×400メートルリレー女子、第一位青組。第二位黄組。第三位水組。ちなみに青組は体育祭始まって以来の最高記録を残しています。また、同じく青組の綾川真奈さんの女子個人での成績も、体育祭始まって以来の最高記録です』

皆だんだん日が落ちてきているせいか、テンションが上がってきているようだ。読み上げる係りの人の声が途切れる度に盛り上がっている。そしてそんなこんなでいよいよ総合優勝の発表となった。それぞれの組の団長に緊張の色が走る。

『今年の総合優勝は……青組です!』

その途端、青組は狂ったように歓喜に満ち溢れた。私は足から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。あまりの嬉しさに泣き叫んでいる3年生もいた。

『今年の青組はとても団結力が強く、一丸になって優勝を狙っているのが目に見えてわかりました。本当に優勝おめでとうございます!それでは優勝旗の授与をいたします。青組団長は前まで来てください』

その言葉でだんだん歓喜の声は止み、団長が歩みでた。そして優勝旗をもらったあと、私達青組に向かって高らかに優勝旗を掲げた。他の組からも拍手が沸いた。

『それでは、これにて体育祭を閉会することを宣言します』

パチパチパチという盛大な拍手が辺りを包み込んだ。


——7時30分頃

『はい。全ての片づけを終了いたしました。生徒の諸君、月見をしたい者以外は帰宅するように。以上』

先生の校内放送を聞き届け、私と美樹は校舎内へと足を運んだ。そして着替えた後、私はメールを開いて時間を確認する。

「まだ30分もあるなあ」
「ああ、亮さん?」
「そうそう。枯れた桜でも見ておこうかな」
「うん、そうしたら?まあ、あたしが一緒に待っててあげてもいいけど?」

意味ありげに美樹は笑う。それが何となく危険な感じがしたので、遠慮しておきますと言って断った。美樹は少しつまらなさそうにしながらも、言葉通りすぐに帰ってしまった。1人になった私は桜の木にもたれかかって待とうと考えていた。だが、校門を出た瞬間に、亮さんらしき人が桜の木の前でうとうとしているのが見えた。私は勇気を出してその人に尋ねることにした。

「あの……亮さん、ですか?」
「ん……?そう、ですけど。なんで僕の名前……?」

そう言いながら私の顔を見上げた亮さんは納得したように「ああ、なるほど」と呟いた。そしてそのあとは私に笑顔を見せ、

「ごめん。時間を取っちゃったかな?」

と申し訳なさそうに言った。私は慌ててそれを否定し、亮さんを安心させた。

「そっか。よかったあ。それじゃあ、立ち話もなんだし、少し歩きながら話そうか。ちょっと見てほしいものがあるんだ」

そう言うと、歩き出した亮さんを私は追いかけた。そして私が横に並ぶと彼から質問をいくつかされた。

「真奈ちゃんはずっとこの町に?」
「はい。ずっとです」
「1回も引っ越しとかしてないの?」
「あ、いえ。7歳の時に一度」
「そうなのか。一緒だね。僕も7歳の時にここを去ったよ」
「そうなんですか。でも私、亮さんをあまり見かけませんでしたが……」
「んー、どうなんだろうね?人なんて10年もすれば顔は変わるし」
「それもそうですね。私はいろいろな人と遊んでたもので、小さい頃に遊んだ友達の名前とか顔とかあまり覚えてないんです。恥ずかしながら」
「そうなんだ。僕もおんなじような感じだよ。たった一人の女の子だけは忘れられないんだけどね」
「好き、だったんですか?」
「嫌だなあ。どうして過去形?まだずっと好きだよ?今もずっと」

そう言って、亮さんは立ち止まった。私もそれに合わせて立ち止まった。そして私が右を見上げると、その先には——あの動物病院が佇んでいた。

「ここ……」
「見覚えある?僕はここを一時たりとも忘れたことがないよ?君を忘れられないでいたからね。真奈ちゃん」

私を愛おしそうに見詰め、亮さんは言った。つまり亮さんが……私が9年間思い続けていた”あの子”だったのだ。やはり、予想は外れてはいなかったのだ。

Re: 恋桜 [Cherry Love] ——少年達の思いが交差する ( No.172 )
日時: 2013/08/30 18:04
名前: 華憐 (ID: SUkZz.Kh)

「あ、あの亮さんがあの子っていうのは理解できたんですけど……どうして今日、明かしたんですか?」

私がそう問うと、亮さんは一瞬悲しそうに顔を歪ませたあと、私に一歩詰め寄った。

「やっぱり、真奈ちゃんは覚えてないの?」
「覚えてないって……?亮さんに会ったのは春だというのも憶えてますし約束のことも覚えてますよ?」
「だったら何でわかんないの?」
「え……?」
「今日で僕がこの地を発ってからちょうど10年なんだよ?」
「10年……。ああ!!そういうことですか!私を迎えに来たということですか」
「そういうこと!なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか」

今度は亮さんが満足そうに微笑んでまた一歩詰め寄った。なんだか今日の亮さんは表情がすぐにコロコロと変わる。前にあった時はただ微笑んでいるだけ、というようなイメージだったのだが。

「さあ、それじゃあ契約を結ぼうか」
「け、契約……?」
「そう、契約。僕の恋人になってくれるんだろ?」
「え……」

私はその言葉で頭が真っ白になった。私が亮さんと付き合う……?そしたら逢坂くんじゃなくて徹くんにはこの気持ちを伝えることはできなくなるの?そんなの嫌だよ。でも、あの子が迎えに来てくれた……。でもあのころの無邪気な笑顔じゃない。どこか……。私はそう思いながら、ちらりと亮さんを見上げる。どこか陰があって、執着の炎が燃え上がっているんだ。

「どうしたの?」

またまた亮さんが私に一歩近づいた。あと二歩ほどで私達の距離はゼロになってしまう。

「亮、さん……」
「ん?」

亮さんは笑顔のまま再び一歩詰め寄った。

「亮さんは、どうして私を迎えに来たんですか?」

その質問に眉を訝しげに顰めた後、亮さんは私をゆっくりと見た。

「どうして、って君と約束したし。それに……ずっと君のことが好きだったから」

照れもせずにそう言う亮さん。その気持ちは有難い。でも、亮さんあなたは間違ってるんだ。きっと自分でも気づかないうちに歪んでいったんだ。今私が見て思うことはそれだ。亮さんは変わってしまった。私が知っているあの子ではない。
——無邪気なあの子の姿は彼の中にはもうどこにも、ない。

「亮さん」
「何だい?」
「その気持ちはとても有難いし、嬉しいです」
「うん」
「でも、その好きは恋愛感情の好きじゃないと思いますよ?」
「どうして真奈ちゃんはそう思うんだい?」
「だって、私に思いを伝えているときの亮さんの目があまりにも冷たかったから」
「……っ!そんなことないと思うけど?」

動揺しながらも何とか言葉を紡ぐ彼。本当は亮さんだって自分でも気が付いてたんだ。

「亮さんはただ約束を果たそうと執着してただけなんですよ」
「違う」
「もう私には恋愛感情はないんでしょうし」
「違う」
「私なんか忘れてもっと素敵な恋を……」
「違う!!」

あまりにも大きな彼の声に肩がびくりと反応する。

「違うんだ。この気持ちは執着なんかじゃない。こんなに好きなんだ。愛してるんだ。どうして真奈ちゃんはわかってくれないの?」

そう言って亮さんは最後の一歩を踏み出した。そして私の肩を無理矢理つかんで引き寄せ、キスをしようと顔を近づけはじめた。その時の私には焦りというものはなかった。ただ、ああ、ファーストキスが奪われてしまうと思っていただけだった。だって時間の問題的にも展開の流れ的にも私が亮さんのキスから逃げられないことくらい、大分前から気が付いていたから。まさか少女マンガじゃあるまいし、徹くんが来てくれるわけでもないんだし。だから私は諦めた。……私は心の中でそう呟くと嫌々ながらも目を瞑った。そしてその瞬間を迎えようとした途端、私の背後から人の声が。亮さんは慌てて目線を私から私の背後へと移す。そしてその声を掛けてきた人物を捉えたのか、一瞬にして表情が曇る。

「綾川さん!危険だから早く兄さんから離れて!」

私は一瞬その言葉が理解できずに立ち尽くすが、数秒後にようやく理解し慌てて徹くんのほうへと走り始めた。亮さんに追ってくる様子はない。

「綾川さん!」

私は後ろを振り返りながら走っていたので、直ぐ近くに徹くんがいるとはつゆ知らず、思わず通り過ぎようとした。そんなところを彼に抱き留められた。

「全く、綾川さんは天然なんだから」

そう言って優しく微笑む徹くんにあの子の笑顔が重なる。その瞬間、私が徹くんを好きになった理由がわかった気がした。好きなことに理由なんてないというけれど、深層心理というものは案外単純なものだな。私はそう思いながら、お礼を言って自力で徹くんの腕から離れる。

「綾川さん、何もされてない?」
「えーと、一応は」
「一応って何?」

少し不機嫌そうに言う徹くん。私はその表情に恐怖を覚えながらも、これでは嘘を吐けないと察し、先程までのことを話した。すると、徹くんはゆっくりと亮さんのほうへと視線を移した。明らかに睨んでいる。

「ちょっと俺、兄さんと話してくる」

徹くんはそう言うと、私を置いて亮さんのことろへ向かおうとした。でも、私はそれじゃダメだと思った。私と徹くんと亮さんとで話して初めて解決する問題だと思ったから。だから私は慌てて駆け出そうとした徹くんの制服のシャツの袖をつかんだ。彼は驚いて振り返る。

「どうしたの、綾川さん?」
「私も、行く」
「でも、もしもう一回あいつに近づいたら何されるかわからな……」
「分かってる。でも、このまま終わりたくないの」

私は真剣に彼の目を見て言った。彼は私を見つめ返してくる。私はただひたすらにその眼差しを受け止めた。やがて彼のほうが降参したのか、私の手を握って亮さんのほうへと歩き始めた。

「やあ、徹」
「兄さん……ちょっと話をしようか」

静かに散る火花。私はそれを徹くんの横からただ見つめる。

「話、なんてする必要もないんじゃないのかな?」
「それはどういう意味だ」

いつもの徹くんではない。かなり低い声だし、話方だって微妙に違うし。

「だから僕のほうが先に約束してたんだから彼女をもらう権利は僕にあるだろってことだよ」

亮さんは私を見ながらそう言う。私は気まずくて思わず目を逸らしてしまう。

「恋に早いか遅いのか関係ない。こんなところで言うつもりはなかったんだけど……俺だって真奈のこと好きなんだけど」

え?……え?……ええ!?あの徹くんが私に!?好意を抱いていた!?
本当に!?本気で!?だとしたら凄く嬉しいけど時と場所が……。

「っは。所詮お前はであって数カ月の恋だろ?僕は10年も真奈ちゃんのことを思い続けてきたんだよ?徹にこの切ない気持ちはわからないのかな?」
「んなのわかんねーよ!それに真奈だって嫌がってたじゃないか」
「そうかな?僕からのキスを拒むつもりはなかったみたいだけど?」

再び私のほうへと戻される視線。うう、ずっと徹くんを見て話してくれればいいのに……。

「ほら、否定しないよ?」
「俺はちゃんと本人の口から事情を聴いたからそんなのじゃ俺は倒れねえよ?」
「へえ?じゃあ、これでも?」

そう言って亮さんは再び私の肩を持ち、今度こそ本当に私の唇に軽くキスをした。私にキスをした後、私の腰を強く引き寄せ、これでもかというくらいに微笑む亮さん。それを見てか、わなわなと徹くんの肩が震えだす。

「お前、今何やったんだよ?」
「何ってキス」
「は?なにやってんの?」
「だからキス」
「そんなのわかってんだよ!」

そう言って徹くんは私を亮さんから奪い去った後、思い切り抱きしめた。

「真奈は今だって嫌そうな顔をしたじゃないか」
「そう、だったかな?」

私は目の前にある徹くんの胸板にしがみつきながら2人の会話を聞く。……このままじゃ喧嘩別れだ。駄目。それは駄目。私が決着を、つける。私は改めて決心しなおすとゆっくりと徹くんの体から離れた。そして亮さんと徹くんの間に立ち、私は言った。

「私がこれから、私の気持ちを語りましょう」

Re: 恋桜 [Cherry Love] ——少年達の思いが交差する ( No.173 )
日時: 2013/09/07 19:22
名前: 華憐 (ID: SUkZz.Kh)

「それじゃあ、聞かせてもらおうか」

亮さんは腕を組みながらこちらを見た。彼は最終的には私が自分を選ぶと思っているのだろう。ああ、笑える。その自信。私だって本当にあなたのことが好きだったのに。幻滅してしまったわ。

「まず最初に私が好きな人は……」

私がそう口を開いた途端、2人が生唾をのむような音が聞こえるほどの静けさが広がった。恐らくまず最初に結論を出されるなんて思ってもみなかったのだろう。亮さんもこれは驚いた、というような目で私を見ている。

「徹くんです」

そう告げた途端、2人は硬直状態となった。亮さんは日本語が理解できないとでもいうような顔を、徹くんは現実が信じられないとでもいうような顔をしている。

「真奈、今なんて……?」

徹くんはまだ現実味が帯びないのか、私にもう一度同じ言葉を言うように言った。

「好き。そう言ったの」
「うん、それはわかるけど……どうして?」
「それを今から言うの」
「ああ、そうか。変なこと聞いてごめん。……続けて?」
「うん。……私がなぜ徹くんを選んだのか、亮さんにはわかりますか?」

まだ放心状態の彼にそう問いかける。すると、彼はようやく我に返って答えた。

「いいや、全く分からないね。サプライズか何かかい?」
「いいえ」
「おや、そこまではっきり言われるとね〜。こっちだって現実味が帯びるってものだよ。それで?判断根拠は?」
「……あの子が徹くんになったからです」
「言ってる意味がいまいち理解できないんだけど」
「ええ、私自身も亮さんの立場なら何言ってるのかわからないと思います。ですから今から補足を。……私は私が過去にあった亮さん、つまり私が”あの子”と呼んでいる男の子の性格を好きになりました。そしてあなたが去って行った後も思い続けていました。でも、ある日私に転機が訪れました」
「ほお、それが徹との出会いと」
「そうです。私は徹くんと出会って、胸が締め付けられるような痛みを抱えながらも、どんどん好きになっていきました。これが好きだと気付いた時になぜこんなにも胸が痛いのだろうと考えました。そして私が出した結論は……あの子が帰ってきたという喜びと、私が忘れられているのではないかという不安、でした」

そう、私が徹くんを見て、急に寂しくなったり嬉しくなったり、胸が締め付けられたり……。きっとこの感情の数々はあの子と徹くんが重なって見えたから。やっぱり私は今もあの子を追いかけているんだ。情けないなあ。

「そしてそれを知ってからますます徹くんが好きになっていきました」
「……なるほどね。小さい頃の徹は本当に僕に憧れていたからね。なんでも僕と同じことをしたがったんだ。性格さえも似せようとしていた。そんな徹が愛おしくて仕方がなくてねえ」

そう言いながら亮さんは徹くんのほうを見た。徹くんは無表情で亮さんを見つめ返している。

「でもある時、僕は本気で好きな子ができた。まあ、それが君だったんだけど。それで毎日毎日遊び続けて、将来はこの子を絶対お嫁さんにするんだとか思ってた。だけど、父の転勤の所為でここを離れなくてはならなくなった。本当にあの時は自分の無力さに脱力したよ。まあ、それで転勤先でなんとかやってたんだけど、いつも僕の頭の片隅にあったのは真奈ちゃん、君のことだった。そして君を想い続けるうちにどこかで歪んで行ってしまったんだろうね。変な解釈までしてしまった。勝手に真奈ちゃんをフィアンセか何かと勘違いしていた。……ここまで自分でわかっていても真奈ちゃんを諦めきれない。……これは執着なのかな?それとも本当に好きなのかな?僕にはもうわからない」

そう言って自虐気味に笑う亮さん。私はそんな彼を見て、非常に居た堪れなくなったが、なんとか踏みとどまった。もしここで亮さんに手を差し伸べれば、きっと私は亮さんに傾いてしまう。そんな気がしたから。

「ごめんなさい。やっぱり私はずっとあの子が好きで、その子に似た徹くんが好きなんです。でも徹くん」

私は徹くんのほうを見る。

「私はあの子に似ているからという理由だけで徹くんが好きになったんじゃない。徹くんの、徹くんだけの性格にも惹かれたんだよ。だから、私はあの子だけを見てたわけじゃない。……なんだか言い訳みたいになっちゃったなあ。まあ、言い訳なのかもしれないけど」

私はそう言いながら自嘲した。すると徹くんがふっと柔らかな微笑みを浮かべた。そしてそのまま私に近づいてきて、ふわりと抱きしめた。

「徹、くん……?」
「さっきの話を聞いて、俺は正直ショックを受けたよ」
「……」

私は何も言えなかった。ただ唇を噛み締めて立ち尽くすことしかできなかった。

「ずっと真奈があの子を追いかけてただなんて信じたくなかった。それに真奈が俺に恋した理由もあの子だったなんて……全く俺はどれだけ兄さんに負ければいいんだよ」

そう言って徹くんはまた笑う。

「でもさ、最後の言葉は本当に嬉しかった。真奈が恋してくれたきっかけがあの子でも、真奈が俺に恋し続けてくれた理由があの子でも、最後の最後は俺という存在を真奈は見てくれたんだ。それだけで、十分だよ」
「徹くん……」
「真奈、好きだ」

心地よく耳に響く徹くんの声。肌寒くなってきた風が私の頬を撫でる。

「俺と付き合って」

私は嬉しすぎて涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら言う。

「はい。お願いします」

そう答えた途端、さらに徹くんが私を抱きしめる力を強くした。すると後ろから小さな拍手が聞こえてきた。

「やあ、おめでとう。お2人さん」
「兄さん……」
「亮さん……」
「ははは、2人ともそんな顔をしないでくれよ。僕だってこうなることはほとんど予想済みだった」
「え?」
「だけどやっぱり僕の気持ち、真奈ちゃんにちゃんと伝えたかった。そうじゃないと変われない気がしてね、自分が」
「そう、だったんですか」
「辛い思いを一杯させてごめん。これからは徹と幸せになって」

そう言い終えると、亮さんは私の頭を撫でた。そして今度は徹くんのほうを見て目で会話した後、手を大きく振り上げて「それじゃあ」と言って、坂を下っていく。私はそれを引き留めることもできず、ただただそれを見守っていった。

「ようやく」

そんな静けさを破ったのが徹くんの声だった。

「どうしたの?」
「ようやく真奈が俺の恋人になってくれたなって」

そう言われたとたん、顔が紅潮していくのがわかる。

「真奈、可愛い」

徹くんはそう言うと、頬を撫でながらキスをしてきた。軽く触れるキスだった。

「さあ、帰ろう」
「帰ろうってどこへ?」
「学校だよ。お月見、あるだろう?」
「ああ、そういえば」
「よし、行こう」

そう言って徹くんは私を開放し、私の右手を握った。私はそれに驚きながらもそれに応える。ぎゅっと握り返すと、徹くんはこちらを見ながら、指を絡めてきた。所謂恋人繋ぎだ。

「徹くん、私にはレベル高すぎるよ……」
「そんなことないよ。さあ、行こう」

こうして月明かりに照らされた2つの影は、仲良く並びながら歩いて行ったのだった。