コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: 君はまだ愛を知らないでいる【短編集】エピソード5更新! ( No.30 )
- 日時: 2013/07/30 13:55
- 名前: 朔良 (ID: 2IhC5/Vi)
episode6「初夏の幻影」
「柚葉ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは、おばさん。お邪魔します」
私は村田家に遊びに来た。まあ、彼氏の家だからである。
要君の部屋の扉を開ける。
中はかなり散らかっていた。
「柚葉、いらっしゃい!」
「——!」
要君の声が聞こえ、私は後ろを振り向く。要君は扉に寄りかかっていた。
「要君!」
「おう、どうした? そんなに嬉しそうにして……」
「ううん、なんでもないの」
私はスマートフォンを取り出す。そして、写真のページを出した。
「見てこれ、この前友達と神奈川に旅行してきたんだ」
「神奈川?! うわー俺も行きたかった!」
「女子同士の話もあるんだよー」
そう言うと、要君は唇を尖らせて「えー」と言った。私はそんな要君を見るたびに胸が痛くなる。
「……どうしたの?」
「どうもしないよ! あ、ほら、これも見て!」
要君が私の方へ身体を寄せる。
自分の心臓の音が聞こえてきそうだった。
「……なに?」
意地悪そうに要君が笑う。
冷静を取り戻すためにも話を続ける。
「青薔薇のアイスクリーム食べてきたの」
「すげー! いいなー柚葉」
「そうだよ……」
私の声のトーンが低くなる。
「ねえ、どうして?」
私が言葉を発するたびに要君の顔も暗くなっていく。
「どうして……いなくなっちゃったの?」
そう言いながら私はスマホのカメラで要君を撮る。写真には要君は映っておらず、窓とその向こうだけが映っていた。
『階段から落ちそうになった子供を助けたんですって……』
『あらあ……可哀想に……』
お葬式ではそんな会話が繰り広げられていた。
1ヶ月前だった。
たった一瞬で人の命は散ってしまう、ということを私は知った。
知りたくなかった。
「……ごめん」
「謝んないでよ!」
つい声を荒げてしまった。
「でもさ、俺、後悔してないんだ。あの子を救えたことだって。あの子はまだ4年位しか生きてないだろ? 俺は17年も生きれたんだから十分だよ」
「……まだ17年だよ、馬鹿」
涙声でそう言うと、要君は微笑んで、言った。
「うん。そうだな……じゃあ、柚葉が俺の分も生きてよ」
私は目を見張る。
「俺、いつまでも待ってるから」
「……馬鹿、本当に……馬鹿だよっ……!」
私が涙を流しながらそう言うと、要君は私を抱きしめ、最後の口づけをした。
「愛してる、柚葉」
そう言いながら、要君は消えていった。
それは、本当に幻か。
それさえも分からない。
ただ、それは初夏の夜に見た、儚い幻影だったと思うんだ。
登場人物
鈴村柚葉 yujuha sudumura
村田要 kaname murata