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空白の時間【橘 菜々編】 ( No.113 )
日時: 2013/08/15 00:10
名前: ゴマ猫 (ID: 2qC9xcD7)


「おはよう、よっちゃん」

「おはよう菜々」

翌日、教室に入るとよっちゃんと朝の挨拶をかわす。すると、よっちゃんは口元をぐっとあげて怪しげな笑みを浮かべてきた。

「おや〜? 菜々、なんか良い事でもあったの? 今日はご機嫌じゃない」

「そ、そうかな? そんな事ないよ」

よっちゃんの鋭い指摘に内心驚いて、少し声がうわずってしまった。
別に隠す事じゃないけど、親友に話すのは照れてしまう。

「隠してもダメダメ〜。菜々の事は何でもわかっちゃうんだから」

よっちゃんは得意気に胸を張ると、そんな事を言う。
……うーん、こうなった時のよっちゃんは話すまで終わらないからなぁ。少し恥ずかしいけど話すしかないか。

「えっとね……実は桜井君とお付き合いさせていただく事になりました」

「おぉ!! ……で、桜井って誰? 他のクラスの男子? それとも先輩?」

よっちゃんは冗談でも言っているのか、はたまた私をからかっているのかそんな事を尋ねてくる。

「も、もう……同じクラスの桜井君だよ」

「……えっ? そんな名前の男子、うちのクラスには居ないけど」

真剣な表情でそう言う、よっちゃん。
けしてからかって言ってる訳ではなさそうだ。
……どうしたんだろう? よっちゃんは人の名前や顔を忘れたりする人じゃないし、桜井君の話題はたびたびあがっているはずなのに。
異空間にでも迷い込んだ気分になった私は、桜井君の親友でもある葉田君に聞いてみる事にした。

「ね、ねぇ、葉田君」

「うん? 何か用か?」

「桜井君って知ってるよね?」

少し悩んだような沈黙の後、葉田君は口を開く。

「すまん。そんな名前の奴に心当たりはないな」

「えっ……?」

葉田君のその言葉に、私の胸の中で衝撃が走った。
……桜井君を知らない? 本当に? あんなに仲良しだった友達を? だけど葉田君は冗談を言う人じゃないし、なにより嘘をついてる顔じゃない。本当に訳がわからないよ。

————

結局、誰に尋ねても桜井君の事を知っている人はおらず、その日は桜井君が学校に来る事もなかった。放課後、事の真相を確かめるため、私は桜井君の家に来ていた。

「……ここで間違いない……よね」

テーマパークに2人で行く事になった時に、会話で一度だけ出てきた事があり、その記憶を頼りにここまで来た。
表札を確認し、インターホンを鳴らす。

——ピンポーン

『はい』

「あっ、あの、私、橘と申しますが、洋一さんはいらっしゃいますか?」

インターホン越しの声にやや緊張して、またも声がうわずってしまうが、なんとか伝える事ができた。

『……うちに、洋一なんて居ませんけど? 家を間違えてませんか?』

「へっ……?」

きつねかたぬきに化かされてるような、そんな感覚だった。

——桜井君は存在してない?

そんな思いが浮かんできてしまった自分の頭を勢いよく左右に振る。
冷静に考えれば、私がただたんに家を間違えただけかもしれないじゃないか。

そう思い直し、日がとっぷりと暮れるまで探したが『桜井』という名前はこの近辺にはここにしかなかった。