コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

空白の時間【橘 菜々編】 ( No.116 )
日時: 2013/08/15 20:08
名前: ゴマ猫 (ID: ugb3drlO)


翌日の放課後も私は桜井君の家へ来ていた。
今日も桜井君は学校に来る事はなく、先生も含めた周りのみんなも、まるで最初から居ない事が当たり前になっていた。
——それと、確かに桜井君の家は『ここ』のはずなのだ。

『だから、何度言われても家には洋一なんて子は居ません』

「ご、ご迷惑なのはわかってます。でも、本当に一度……一度で良いんです。部屋を見せて下さい」

普段の私なら絶対こんな事はできなかったけど、桜井君が周りに忘れられてしまった事と、行方不明の手がかりを少しでも探したいという一心で頼み込んだ。(ご家族が知らないという事は桜井君は家には居ないんだと思うから)

『……わかりました。じゃあ、部屋を見たら必ず帰ってくださいね』

真剣な思いが伝わったのか、やがてため息混じりだが了承してくれた。

「あ、ありがとうございます!!」

私はインターホンの前で深く腰を折り頭を下げる。
——ガチャっという音とともに玄関の扉が開くと、迎えてくれたのはセミロングの黒髪を後ろで纏めた女性。
優しそうな顔立ちに、桜井君を重ねてしまう。

「どうぞ」

「し、失礼します」

玄関を通り2階へ上がると、最初の部屋を見つけた。ちなみに1階は桜井君のお父さんとお母さんのお部屋らしい。

「……ここは」

「娘の、杏の部屋です」

——妹さん居たんだ。
全然会話に出てこなかったな。私……まだまだ桜井君の事知らないね。
妹さんはいらっしゃるようなので、別の部屋を探させてもらう事にした。

「……ここって」

「……ここは……なんだったかしら? 空き部屋だと思うけど」

「ちょっと見せていただいてよろしいですか!?」

「……え、えぇ」

言うが早いか、扉を開けて部屋の中へと入る。
——そこには。

「……さ、桜井君の部屋だ」

入った瞬間、呟きながらそう確信した。
忘れもしない、デートの時に着てきた白いシャツがハンガーにかかり、カーテンのレールに無造作に引っかけてあった。
もちろん、それだけでは証拠にはならないかもしれない。

「……あらあら、どうして家に男の子の物が……」

桜井君のお母さんは首を傾げて、理解できないような表情をしていた。

「あ、あの、部屋を調べさせていただいてもよろしいですか? もちろんそばで見てていただきたいのですが」

いくらなんでも見ず知らずの人に部屋を探させてくれる訳はないと思ったので、お母さんが監視している中なら納得してもらえるんじゃないかと思い、そんな提案をしてみる。

「そうねぇ……私も気になるからお願いするわ。それと、監視役は娘の杏にお願いするから」

そう言うと、桜井君のお母さんは隣りの部屋に行く。
しばらくすると、栗色のショートカットの女の子が出てきた。
——やっぱり、どことなく桜井君に似ている。

「じゃあ、お願いするわね。杏」

「うーん、面倒くさいなぁ」

桜井君のお母さんに促されて、しぶしぶながらも頷く杏ちゃん。

「ご、ごめんなさい。すぐ終わらせるから」

「別に良いですよ。泥棒とかする人じゃなさそうですし、気の済むまで探してください」

恐縮する私に杏ちゃんはそう言ってくれた。
——しばらく探していると、机の引き出しから大量のメモと日記帳を見つけた。

「……こ、これって」

その内容は日々の出来事を綴っている感じにも思えたが、日記の後半になるにつれ、桜井君の苦悩が書かれていた。
最後のページ、つまり桜井君がみんなに忘れられてしまう前日。

短い文章で、『もうそろそろ俺も限界かもしれない。だったら自分の手で決着をつけよう』と書かれていた。

「……どういう意味なんだろう……」

嫌な予感がする。
もしかして桜井君は何かの病を患っていたのかな? でも、もしそうだとしたら、みんなの記憶から桜井君の存在が消えてしまった、つじつまが合わない。

——記憶? 

私はその言葉に何か引っかかりを感じた。
ずっと昔、私がまだ小さい頃に聞いたような事があった気がしたからだ。確か……悪い記憶を消すとか……。神様……。

「羊の神様!!」

「わっ!!」

私が突然、大きな声を出したせいで、杏ちゃんを驚かしてしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい。ちょっとこの日記帳借ります!!」

「ち、ちょっと!!」

「うん?」

駆け出そうとした私の背中から杏ちゃんの声が聞こえた。

「そ、その、この部屋に来ると、私もなんかスッキリしなくて……なんだかとても大事な事を忘れてるようで……」

少しモジモジしたような、言いづらそうにそんな事を言う杏ちゃん。

「……大丈夫だよ。杏ちゃんの大事な人は必ず私が見つけるから」

笑顔で私は杏ちゃんにそう言って駆け出した。
——私にとっても、桜井君はとても大事な、大切な人だから。