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空白の時間【桜井 洋一編】 ( No.131 )
日時: 2013/08/24 01:19
名前: ゴマ猫 (ID: ugb3drlO)


やがて、車は神社へと続く長い階段の前で止まった。すっかり日も暮れて辺りは静寂に包まれている。

「さーて、着いたぞ。降りた、降りた」

「……羊神社」

竜さんに促されて車から降りると、橘さんが小さな声で呟いた。
その言葉に聞き覚えがあるし、そしてこの場所に何だか見覚えがある気がするのはどうしてだろう?

「ちゃんとお願いしてみたらどうだ? あいつ融通がきかないだけで、悪いやつじゃないからよ……まっ、俺がそんな事言う資格はないんだけどな」

竜さんは橘さんの肩に手を置いてそう言った。
まったくもって意味がわからないが、橘さんが驚きと困惑が混じった表情になっているとこを見ると、橘さんには通じているみたいだ。
『あいつ』とは誰の事だろう?

「あ、あなたは一体……?」

「ただのお節介な奴かな。昔は悪だったんだけどさ、今はお前さん達の気持ちもよくわかる。それとそのバッグにしまってる物も見せてやれよ。わざわざ持ってきたんだろ?」

「……はい」

2人の会話をひとり蚊帳の外の感覚で聞いていると、橘さんが俺の所へ歩いてきた。

「さ、桜井君。……私、本当はあなたの事知ってるの。桜井君が記憶をなくす前から」

「えっ……?」

橘さんはそう言うと、小さめなトートバッグから1冊の日記帳と麻でできた羊のストラップが付いた携帯を取り出し、俺に見せてきた。
それを受け取り、ページを開いていくと『俺』と『橘さん』という名前が頻繁に出てきている。
日記自体は日々の出来事を綴った内容のようだが、ページが進むにつれ日記を書いている人物の苦悩が伝わってくるようだった。
抽象的な言葉で書かれており、悩んでいる原因も明記されていないので、何に悩んでいたのかっというのはわからない。
この『俺』というのが俺の事ならば……最後は逃げるように姿を消したっという事か。
羊のストラップについても書かれてあった。
どうやらこの『俺』と『橘さん』がデートした時に『橘さん』からプレゼントされたお揃いの物らしい。

「桜井君、これ」

橘さんはもう一つの同じストラップが付いた携帯を俺に見せてきた。

「……これは」

「さっき渡した携帯は桜井君の携帯だよ。桜井君のお家に行った時、日記帳と一緒に借りてきたんだ……さすがに携帯借りますとは言えなかったから、無断で持ってきちゃったんだけど」

少し気まずそうにそう言う橘さん。
橘さんが嘘を言っているようには思えない。
——それに、この日記帳やストラップを見ているとなぜだか、胸の奥をキュッとつままれたような、そんな感覚になる。
何か俺はとても……とても、大事な事を忘れているんだ。

「……うっ、うう」

「だ、大丈夫!? 桜井君!!」

頭が割れるように痛い。思い出そうとした瞬間、激痛が脳内を駆け巡った。

「さて、そろそろお願いしに行ってきな。お嬢さん、ちゃんとあいつに伝えてくるんだぞ」

竜さんがそう言うと、橘さんゆっくりと頷いた。

「桜井君、行こう」

橘さんの柔らかい手が俺の手に重なって、俺達は手をつないで長い石段を上がっていった。