コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- エピローグ ( No.136 )
- 日時: 2013/08/28 18:21
- 名前: ゴマ猫 (ID: tHinR.B0)
「ご、ごめん!! お待たせ!!」
「ううん。私も今来たとこだから」
うだるような夏の日差しが降り注ぐ中、駅前にあるカフェの自動ドアを通り、先に着いて待っていた橘さんに謝る。
今日、俺と橘さんはここで待ち合わせをしていた。
……いわゆるデートというやつか。
昨日の夜、緊張し過ぎたせいか、あまり眠れず寝坊という最悪なパターンになってしまったにもかかわらず、橘さんは春のやわらかな陽光のような笑顔で許してくれた。
本当は結構待っていた気もするけど、ここは橘さんの優しさに甘えてしまおう。
「えへへ、今日の水族館楽しみだね」
「本当だね。地元に新しくできた水族館だし、期待しちゃうよ。アシカショーが注目らしいけど」
橘さんと対面の席に着き、そんな会話をしながら、頭の中でこの間の出来事を思い出していた。
あの日の、橘さんと羊のやり取りを。
——あの時、もう記憶が戻らない事を覚悟していた俺は腹をくくっていた。
『このまま記憶が戻らなくてもいい』っと。
しかしそう思った瞬間、意識が現実へと戻されて俺の記憶は戻っていた。
俺と橘さんは、2人して抱き合い喜びあったのだが、いくつか疑問というか、謎が残った。
なぜ急に羊は心変わりしたのかという事。
あれ以降、羊に会う事はおろか、夢にすら羊が出てくる事が一切なくなった事。
そして、記憶を失っていた時にお世話になった竜さんも、いつの間にか居なくなってしまった事。
……とまぁ、事実を知っているであろう張本人(羊は人ではないが)が居ないのでは推測をする事ぐらいしかできない。
今はただ、記憶が戻った事を素直に喜ぶべきだろう。
「さ、桜井君?」
心配そうな表情で俺の名前を呼ぶ橘さん。
考え事をしていたせいか、橘さんの会話を聞いていなかった。
「ご、ごめん。ちょっと考え事しててさ。何の話しだっけ?」
俺がそう言うと、橘さんは少し拗ねたように頬を膨らませて、先ほどの話しをもう一度してくれた。
「……だ、だから、せ、せっかく、恋人同士になれたんだし、そろそろ名前で呼び合っても……いいんじゃないか……と思った訳です」
橘さんはそう言うと、頬を染めて少し恥ずかしそうに俯く。
……そう言えば、出会ってからずっと名字で呼び合ってたんだよな俺達。
「確かにそうだね。じゃあ、今から名前で呼ぶ事にしよう」
「う、うん。……えっと、よ、よ、よう、よう」
かなり恥ずかしいのか、言葉がつまりすぎて若干ラップになっている気がする。橘さんとラップ……うーん、全然似合わないな。そんなどうでもいい事を考えていると、橘さんは俯いたまま無言で俺の手にタッチしてきた。
これはつまり、『交代』という事か。
「じゃあ俺が言うね。えーっと、な…………な」
うん。まさか、面と向かって名前を呼ぶのがこんなに恥ずかしいとは……!
俺もつまり気味に言うところを見て、俺と橘さんはお互いに笑いあう。
「まだまだ練習が必要だね。私達」
「そうみたいだね」
——でも焦る必要はない。
これからゆっくり、名前を呼びあえる関係になれればいいのだから。
「橘さん」
「うん?」
少し周囲を気にしながらも、俺はずっと伝えたかった言葉を言う。
「……大好きです。もし迷惑じゃなかったら、これから先もずっと橘さんと一緒に居たい」
「ふぇ……!?」
唐突に言ったせいか、先ほどよりさらに頬を真っ赤に染めて、驚く橘さん。
そして、少しの沈黙の後。
「……うん。私も同じ気持ちだよ。……もう勝手にどっか行ったらダメだからね?」
「あはは……。もうどこにも行きません」
橘さんはゆっくりと頷いてそう言ってくれた。
軽く釘をさされたが、もう何があってもどこにも行く気はない。
——だって
「そ、そろそろ行こう!! 間に合わなくなっちゃう」
「う、うん!!」
急におそってきた恥ずかしさをごまかすように、俺は橘さんにそう促す。
——俺が居たい場所は、君の隣りなのだから。
〜END〜