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葉田の憂鬱3【番外編】 ( No.30 )
日時: 2013/05/28 21:42
名前: ゴマ猫 (ID: 9cJ6xZl9)


とある日の放課後。

部活が終わった俺は、1人帰路についていた。
夏の気配が近づいているのか、夕方でも大分暖かくなった気がする。

自宅近くの川沿いを歩いていると、どこからか声が聞こえてきた。

「だ、大丈夫だよ!! 今助けるからね!!」

少し気になった俺は、声が聞こえた方を探す。
すると、川辺近くに居た人の声だったみたいだ。

「ほ〜ら、怖くないよ。良い子だからおとなしくしててね」

よく見ると、セミロングくらいの黒髪をサイドでまとめていて、比較的小柄な女の子だった。

年齢は多分同じくらいだろう。
その子が着ている制服はうち(学校)の制服だ。

「大丈夫だよ〜。怖くないよ」

さっきから何をしてるのかと思い、女の子の視線の先を見ると、子猫が川の岸辺に居た。
どうやら間違って川に入らないように、安全な場所まで移動させようとしてるみたいだった。

なるほど。
怖がらせないように声をかけて、安全な場所に誘導させようって訳か。

これ以上見ていても仕方ないので、帰ろうとしたその時。

——バシャーン

大きな水の音がした。
振り返ってみると、先ほどの女の子が川に落ちていた。
猫は……無事みたいだ。
さっきより安全な位置にきている。

冷静に状況判断をしていると、女の子がなかなか岸に上がってこない事に気付く。
見てみると、さっきより川の真ん中の方に行ってしまっている。

「……ガボッ……」

ガボッ?

「まさか……泳げないのか!?」

ここの川はそう深くはないと思うのだが、流れもあるので泳げないと厳しい。
急いで川辺に行く。
本当はこういう時は助けを呼んだ方が良いらしいが、泳ぎには自信があった俺は飛び込む事にした。

——バシャーン

「……つっ」

服が水を吸って、思うように泳げない。
だが、急がないとマズい。
重い服と、川の流れに邪魔をされながらも女の子の所へたどり着いた。

「大丈夫か? しっかりつかまってろよ」

頷く余裕もないのか、女の子は無言で俺の脇腹あたりにしがみついてきた。
人を抱えた状態で泳ぐのはかなり大変だったが、なんとか岸まで来れた。

「……ふぅ……大丈夫か?」

「……ごほっ、ごほっ!! は、はい……」

あらためて聞いてみると、咳き込みながらも女の子は小さく頷いて返事した。
なんとか大丈夫そうだ。
自分も、相手も制服はずぶ濡れでひどい状態だったが、助けられて良かった。

「……あ、あの……」

「ん?」

「あ、ありがとうございます……」

申し訳なさそうに謝る女の子。

「気にするな。猫も無事みたいで良かったな」

俺がそう言うと、女の子は目を見開いて驚きの表情になる。

「み、見てたんですか!?」

「たまたまだ。悪気はない」

「い、いえ!! そういう意味ではなくてですね」

なぜか女の子はあたふたしていた。
気温が暖かくなったとはいえ、このままゆっくりしていると風邪を引いてしまう。
そう思った俺はバッグから少し大きめのスポーツタオルを取り出して、女の子に渡す。

「こ、これは?」

「そのままだと風邪を引くぞ。安心しろ。予備のタオルだから使ってない」

「い、いえ、そんな事は気にしてないのですが……いや、気になると言えば……気になるけど」

女の子は少し俯いて、考えるように呟いていた。

「にしても、何で川に落ちたりしたんだ?」

「いやぁ、なぜか突然猫ちゃんが驚いてしまって、川に入りそうで危なかったんです。それで、慌ててたら転んで……ドボンと」

「そうか」

猫は警戒心の強い動物だ。
子猫にしろ野生ならなおさら強い。……多分この子が近づいてってしまったので驚いてしまったんだろう。
それに猫は基本的に水が嫌いだ。なので、ほっといても自ら川に飛び込む事はなかったと思う。
その事実は言えないが。
とにかく、もうこれで心配はないだろう。
そう思い、俺はその場を離れて帰る事にした。

「あ、あの!! すいません!!」

立ち去ろうと少し歩いたところで後ろから声がかかる。

「ん?」

「ほ、本当に、ありがとうございます。な、名前とか教えてもらっても……」

「葉田だ。葉田 流星」

それだけ告げて、すぐさま逆方向に向き直り歩き出す。
あまり話すのが得意じゃない俺はこんな雰囲気が苦手だ。
それにとくに感謝されるような事もしていない。

もし、通りかかったのが他の誰かでも、方法は違えど同じように彼女を助けただろう。
お礼を言われたくてやってる訳ではないのだし、だから別に気にする事はないのだと思う。

……って、俺は少し変なやつなのかもしれないな。
自分の考えに自分でつっこんでしまう。

そんな事を考えていると、後ろから大きな声が聞こえてきた。

「あのーーっ!! 私、青山 美晴です!! 今度タオル返しますねーー!!」

そうか、同じ学校ならまた会う事もあるかもな。
振り返らず、手を少しだけ上にあげて了解の合図をした。


制服、明日までに乾くといいんだが。

そんな事を思いながら自宅へと帰った。