コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

デート【33】 ( No.83 )
日時: 2013/07/17 22:35
名前: ゴマ猫 (ID: diC/OxdM)


色々と手はつくしてみたが、家に帰る交通手段がなく、雨上がりのバス停のベンチに俺と橘さんは並んで座って途方にくれていた。
地理に明るくない俺達が、街灯もほとんどない暗闇の中、駅まで歩いて行こうとしたら迷うのがオチだ。
この辺りは、ほとんどが田んぼや、森なので途中で迷ったらシャレにならない。……いや、もうすでにシャレにはなってないのだが。

「橘さん……本当にごめん」

「もういいよ〜。桜井君さっきから謝ってばっかりだよ?」

橘さんは、『気にしなくていいよ』という優しい表情で俺にそう言う。

「……ありがとう。橘さん」

「ううん、どういたしまして。……でも、これからどうしようか?」

——問題はそこだ。
ここで夜明かしする訳にはいかないし、漫画喫茶やカラオケがあれば、朝までなんとかなるのに。そんな考えを巡らしていると、あるものを見つけた。

「橘さん。あ、あれ」

そこにはビジネスホテルの看板があった。
よく見ると、テーマパークからほど近い場所にひっそりと建っている。(来た時も、帰る時も全然気づかなかったけど)
なんでこんな所に? とツッコミを入れたくなるくらい目立たないし、需要もなさそうだ。
でも、今の俺達にはとてもありがたい。

「助かった!! 行こう橘さん!!」

「……ふえっ!?」

なぜか顔が真っ赤になった橘さんの手を引いて、俺達はビジネスホテルへと向かった。


「いらっしゃませ」

ビジネスホテルの中に入ると、落ち着いた雰囲気が漂うスーツ姿の初老男性が出迎えてくれた。

「あ、あの、朝までで良いんですが、部屋は空いてませんか?」

こんな所に来た事がない俺は、ややテンパりながらも尋ねる。
初老の男性は、優しく微笑み「では、こちらへどうぞ」と言うと、部屋へと案内してくれた。

「ご用がありましたら、お呼びくださいませ」

——バタン

案内された部屋に着き、扉が閉まると、俺は荷物をベッドの上に放り投げて、安堵のため息をついた。

「……ふぅ。これでなんとか大丈夫かな……」

俺は備え付けのソファーに腰掛けて呟く。
ふと気づくと、橘さんは入口で俯いたまま動かないでいた。

「橘さん? どうしたの?」

「……さ、桜井君って、こういう場所、何度も来た事あるの?」

そう問いかけられて、俺の頭の中に一瞬ハテナが浮かぶが、すぐに思考が追いついた。

「そ、そんな訳ないよ!! もちろん初めてで……ただ、なんとかしなきゃって必死だったから……」

我ながら恐ろしい。
非常事態とはいえ、無意識にかなり大胆な事をやってしまった。
橘さんにドン引きされてもおかしくない状況じゃないか。

「——そ、そうだよね。慣れてるように感じたから、もしかしたらって思っちゃった」

「そ、そんな訳ないから!!」

けして、やましい気持ちがある訳じゃないし、慣れている訳でもないので慌てて否定する。

「くしゅん!!」

その時、橘さんが小さなくしゃみをした。
雨にうたれたせいで体が冷えてしまったのだろうか? 風邪なんて引いたら大変だ。

「大丈夫? ここシャワーもあるみたいだし、入ってきたらどうかな?」

「…………」

——はっ!!
しまった。また俺は不用意な事を……!!
しばらくの沈黙の後、橘さんは顔を真っ赤にしたまま、無言で頷いてバスルームに向かった。