コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- デート【34】 ( No.87 )
- 日時: 2013/07/17 23:27
- 名前: ゴマ猫 (ID: QXDbI9Wp)
この部屋の広さは約10畳くらい、真っ白なダブルベットと、革張りの黒ソファー、部屋の中で1つだけ年代物のテレビ……間接照明の優しい明かりが部屋の中を照らしている。
すぐ隣りでシャワーの音が聞こえてきて、俺はかつてない緊張感に包まれながら自宅へと電話をしていた。
「……そんな訳だから、父さん達には上手く言っておいてくれよ」
『洋一も策士だね〜。まさかそこまてやるとは……』
電話の相手は、妹の杏。親父達は、俺には厳しいが杏にはダダ甘なので、杏から言ってもらえれば、お咎めなし……もしくは、軽い注意で済む。
それを見越して、杏に電話越しでお願いをしているのだ。
「……好きでこうなった訳じゃない」
『まっ、事前の確認が足りないよね。私がデートの相手だったなら、引いちゃって、二度と一緒に遊びにはいかないかな』
「——ぐっ」
人が一番気にしているところをズケズケと。
『それよりさ、明日の学校どうするの? そこからじゃ時間かかるんでしょ?』
「あぁ、バスの始発が4時だったから、ギリギリ間に合うと思う」
本当にギリギリだが、間に合うのがせめてもの救いだ。
『ふーん、まっ、なんにせよ帰りは気をつけてね』
「お、おう」
それだけ言うと、杏は電話を切った。
……杏の奴、今日は妙に優しかったな。悪いものでも食べたんだろうか?
そんな事を考えていると、橘さんがバスルームから出てきた。
——ガチャ
「さ、桜井君、シャワーあいたから……ど、どうぞ」
「う、うん」
俺は橘さんを見ないように背を向けて会話する。そのままカニのように横歩きをして、バスルームに入った。
————
ホテルに備え付けられていた簡易的なガウンを着て、バスルームから出る。幸いにも乾燥機が設置されていたため、服はなんとかなりそうだ。
パーク内で買った傘が無ければ、もっとずぶ濡れになっていたかもしれない。(雨が降り出した直後には傘を買っていなかったため、少し濡れてしまったのだ)
「し、失礼します」
行きと同じカニ歩きで背を向けながら、ソファーまで歩く。
「だ、大丈夫だよ桜井君。わ、私もちゃんと着てるし」
後ろから橘さんの声がかかり、俺はまるでロボットのようにぎこちなく振り返った。
「……その、橘さん、ご家族に連絡とかした?」
「うん。お母さんまだ帰ってないと思うから、メールだけしておいたよ」
——まだ帰ってないって事は、仕事かなんかなんだろうか? そういえば、橘さんの家庭の話しとかって聞いた事がない。
でも、触れていい事かどうか、わからないから俺は「そっか」とだけ言った。
「さ、桜井君ってさ、気になる人とか……その、好きな人……いる?」
「——!? い、いきなりどうしたの!?」
橘さんの唐突な質問に、思わず口から心臓が出るんじゃないか? ってくらい驚いてしまった。
「あああの、べ、別に、へ、変な意味じゃないんだよ!! ちょっと気になったというか……その」
橘さんは顔を真っ赤にして慌てて、両手をぶんぶん振る。
「……その、隣りのクラスに桜井君と仲良い女の子いるよね? もしかして……その子の事、気になってたり……とか」
今度はやや俯いて、胸の前で両手の人差し指をくるくるさせている。
「もしかして青山さんの事? 仲良いっていうかなんというか……」
青山さんには、羊に詳しい人を紹介してもらっただけで、仲良いという訳ではないと思う。
それに、青山さんは初対面の人でも、目上の人じゃなければ親しげに話しかけたりする感じだし……。
「青山さんとは別にそんなんじゃないよ。ちょっと知りたかった事を教えてもらってたんだ」
「……そ、そうなんだ。でも、桜井君の事、下の名前で呼んでるよね?」
「あれは、青山さんが勝手に呼んでるだけ」
俺も初めて会った時は驚いた。初対面でいきなり下の名前を呼ぶから、思わず『外人なの?』って心の中でツッコミを入れたくらいだから。
「じ、じゃあ、青山さんが、桜井君の好き……とか?」
「ないない」
俺は、橘さんの想像に思わず笑ってしまう。
根拠はないが、天地がひっくり返ってもそんな事はないと断言できる。
「何で笑うの〜。マジメに聞いてるのに」
橘さんは、少し拗ねたような口調で抗議してくる。
「だって」
「だって?」
——青山さんが俺の事をどう思っているかは置いとくにしても、俺が青山さんを好きにはならない理由があるから。
「うーん、それは秘密にしておくよ」
「えぇっ、気になるよ〜」
「さっ、もう寝よ。俺はソファーで寝るから、橘さんはベッド使って」
俺はごまかすようにそう促す。いつの間にか、俺達の緊張はほぐれていた。