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日常の変化【35】 ( No.88 )
日時: 2013/07/22 15:19
名前: ゴマ猫 (ID: QXDbI9Wp)


暗い、深い海の底に沈んでいくような、そんな感覚に俺はとらわれていた。

これは夢の中か……?
真っ暗な闇の中、ポツンと佇む白い羊。
できれば会いたくなかったな。

「久しぶりだな。どうだ? 約束は果たせそうか?」

見た目とは裏腹な、低く重々しい口調で羊が問いかけてくる。

「もう約束は果たせたと思う」

今日だけで、橘さんが笑う顔は何回も見た……もちろん、困った顔や、拗ねた顔、色々な顔も見たけれど。

「残念だが、まだ約束は果たせてないようだな」

間髪入れずに、羊はそう言った。

「なんでだ!? 橘さんはあんなに……」

「お前は、私の言葉を聞いてなかったのか? 言ったはずだ。本当の意味で笑顔にさせる事と」

「——なら、その本当の意味を教えてくれ!! なんとかしたくても、俺にはその意味がわからないんだ」

羊はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

「お前は彼女の表面しか見ていない……もっと、彼女の内側を見てやる事だな」

……驚いた。
お願いしたとはいえ、羊が俺にアドバイスをくれるなんて。
内側……か。そこに踏みこみには、もう少し時間がいると思う。

「そんな悠長で良いのか? もうすぐ2ヶ月目だ。お前が知っている人物の記憶も徐々に消えてくる」

「——なっ!?」

心を読まれた。
おんじぃに話しを聞いた時も思ったけど、やっぱりこの羊は神様のような存在なのか?

「そうではない。そうではないが、人間達にはそう言われていたな」

「……俺の心がお見通しって事は……」

ふたたび心を読まれた俺は、羊と初めて会った時の事を思い出す。
あの時、俺は羊を怒らせてしまった。
でも、羊が喋るなんて信じられず、夢だと思い適当にあしらって帰ったけど、自分の異変に気づき、また羊に会いに行って謝った時も上辺だけだった。
それも全部お見通しだったって事か。

「ようやく、わかったようだな。なぜこのような事になっているのか」

「……あぁ」

「ならば、お前は自分のした約束を果たす事だ。そうすれば、二度と私と会う事もあるまい」

羊がそう言うと、意識が急速に浮上する。

——目を覚ますと、見慣れない部屋。
そうだ……昨日、帰れなくなって橘さんと泊まる事になっていたんだ。
ソファーからゆっくりと体を起こし、時計を見ると午前3時だった。

「……もうすぐ2ヶ月か」

あまり考えたくなくて、意識しないようにしてたけど、現実味を増してきた今、不安と焦りが自分の心の中を支配していた。

「……橘さん」

俺はベッドで小さな寝息をたてる橘さんを見つめながら、『本当の意味での笑顔』について考えていた。