コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- 日常の変化【36】 ( No.93 )
- 日時: 2013/07/24 21:49
- 名前: ゴマ猫 (ID: RohPBV9Z)
橘さんとデートした日から数日が経過した。
あの後、始発のバスに乗り、電車で地元まで帰ってきて、家に着いたら制服に着替えてすぐ出たけど、それでも遅刻ギリギリだった。
……それはよかったのだけど、今一番問題なのは、記憶が全てなくなるタイムリミットの3ヶ月まで、残り1ヶ月という事だ。
人の名前や、その人とどんな関係だったのか、という事も徐々に忘れはじめ、もはやメモではどうしようもならないくらい深刻な問題になっていた。
「おはよう」
俺が挨拶をしながら教室に入ると、声をかけられた。
「桜井か、今日はやけに遅いな」
…………えっと、誰だっけ?
「えーっと、俺ってお前の事何て呼んでたっけ?」
「何だいまさら? 朝から何の冗談だ? いつも名字で呼んでいるぞ」
高身長の爽やかイケメンは、俺の問いかけにそう答える。
——やばい……名前が思い出せなくなってる。この感じからするに仲良いはずだと思うんだけど。
大抵の事はメモでなんとかなってきたけど、人の名前が出てこないのはマズイ……まして、親しい間柄ならなおさらだ。
「ふぅ、その冗談に付き合ってやるか。葉田だ。葉田流星……で、オチはあるのか?」
爽やかイケメン(葉田流星)は、やれやれといった表情で肩をすくめる。
「な、なーんてな!! びっくりしたか?」
精一杯のおどけた態度で俺はごまかす。葉田……葉田流星。メモだ、メモ。忘れないように後ろを向き、すぐさまメモを取る。
「予想済みだ。もう少しマシな冗談を考えてきてくれ」
「だ、だよなー」
あきれたというような、視線を俺に向ける葉田。ふぅ……早くなんとかしないと。
————
チャイムが鳴り、昼休みになった。
俺はボロが出ないように、なるべく人と接するの避け、こっそり教室を出ようとする……が、嵐のように俺の目の前あらわれた女の子に腕を掴まれた。
「洋くん!! ビッグニュース。早くこっち来て!!」
「えっ、あっ、ちょっと!!」
そのまま腕を引かれて屋上へと連れていかれる。……誰だっけ? この女の子は? 俺を名前で呼んでいるって事は、仲良いのかな?
屋上に着くと、扉の前でしゃがみこんで聞き耳をたてるような体勢になる女の子。
「何やってんの?」
「しっ!! いいから洋くんも!!」
女の子は人差し指を唇にあてて、静かにしろという合図をし、強引に俺の腕を引っ張りしゃがみこませる。
扉に耳を近づけると、わずかながら声が聞こえてきた。
「手紙、読んでくれたかな?」
少し低めな男の声がする。
「……えっと、う、うん読みました」
今度は女の子の声がする。どこか聞き覚えがある声だ。
「単刀直入に言うよ。俺と付き合ってほしい」
男の声が少し高くなり、やや緊張感がまじった声音になる。
……ってか、人の告白を盗み聞きとか趣味が悪いんじゃないかな?
そう思い、俺を連れてきた女の子に話しかける。
「ねぇ、こういう盗み聞きみたいな事良くないと思うんだけど」
「何言ってんの洋くん。そんな事言ってると彼女取られちゃうよ?」
「彼女?」
何言ってるんだこの女の子。俺に彼女なんて居ないし、居た事もない……はずだ。
「隠してもムダなんだから。よっちんから、橘さんって子と2人でデートしたって聞いたよ」
——な、何でその事を? ってか、よっちんって誰だ? わからない事が多すぎる。
「ふふーん、驚いてるな。協力してあげるから、私にも協力してほしいの」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、女の子はそう言った。
「協力って?」
色々聞きたい事はあるけれど、下手に聞いて怪しまれても困るし、ここは合わせる事にした。
「まぁ、それはともかく、今一番大事なところなんだから」
女の子はそう言うと、ふたたび扉に耳を傾ける。俺もそれにならい耳を傾けた。
「……ご、ごめんなさい!! わ、私、三山君とは付き合えません」
「何で? 付き合ってるやつとかいるの?」
丁寧に断りを入れた女の子に、食い下がる男。
「……そ、それは、居ないけど……」
「じゃあ、付き合ってくれても良いじゃん。付き合ってる内に好きになるってパターンもあるし」
「で、でも……わ、私付き合う気はないんです……」
「自分で言うのもなんだけど、俺容姿は悪くないと思うし、優しくするよ?」
相手の男、何かムカムカするやつだな。断られたんだし、もうあきらめろよ。
あまりの強引さに困ったのか、女の子は黙ってしまった。
「本当に橘さんはシャイだよね。そこがまた良いんだけどさ」
——橘さん!?
その名前に反応して、俺の体が無意識に動き出していた。