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Re: 【CHAPTER4 更新】眠れる華と紅い宝石【ファンタジー】 ( No.27 )
日時: 2013/07/03 01:48
名前: 明鈴 (ID: 607ksQop)

■CHAPTER5■ 時の番人-Momentary relief-

ドーンと物凄い音が鳴り響いた。
港とウェルリア国を繋いでいる桟橋が、国王の命令で大砲によって破壊された音であった。
そして、「王子がこの街に逃げ込んできたぞーっ!」という誰かの怒鳴る声が街中に響き渡った。
その言葉に、さっきまで平然と歩いていたアスカがピクリと反応を示す。

「ちっ。予想していたより、情報が回るのが早い、か」

ぼそりと呟いたかと思うと、振り向かずに、自分より少し後ろを歩いていたキリに声をかける。

「……走るぞ」
「へ?」

素早くシマフクロウのシィを空へ放すと、アスカは突然駆け出した。
この一瞬の出来事に「この街の名物はなんだろな」と考えていたお気楽思考のキリは瞬時に反応出来ていなかった。が、それでも反射的にアスカの後を追っていた。
息を荒げて走るキリ。
腰に提げている短剣のルビーが太陽に反射して、ギラリと鈍く光った。

++++++++++++++++++++

相変わらず街中は王子探しに勤しむ人々の様々な怒声や歓声が飛び交っていた。
外の世界とはうって変わって、今キリがいる「ここ」は不思議な空気感に包まれていた。

チッ……チッ……チッ……。

時計の音がやけに大きく聞こえる——。

それもそのはず。部屋の隅で大きな振り子時計が正確に時を刻んでいた。
そして、壁にも時計。その隣にも、時計。
———時計。時計。時計。
壁一面が時計で覆われていた。
鳩時計や絡繰り時計など、様々な種類の時計が置いてある。

キリは、今自分が身を置いている場所を正確に把握するために、ゆっくりと辺りを見回した。
キリのすぐ脇にある木製の長机の上には、カナヅチやのこぎりなどの工具が無造作に置かれていた。周囲には作りかけの時計がいくつか放置されている。

「ねえ。ここ、何?」

思わずキリはアスカに尋ねていた。
アスカは息を潜めながら明かり取りの小さな窓から外の様子を伺っていた。
その態勢を崩すことなく、アスカはキリの質問に答える。

「オレが唯一自由にできる場所、だ。……ここの爺さん、オレのこと、わかってくれてるし」
「はあ……。で、なんでこんなに時計があるわけ? ここの家の人って、時計マニアか何か?」

その言葉に思わずアスカは顔をしかめていた。
わからないのか、とでも言いたそうに、大きく溜め息を付いている。
そんな反応をされ、キリは大きく頬を膨らませた。

「なんなのよう」
「【時計店】だよ」
「時計、店……?」
「そ。ここの店の主人がオレの知り合いで……」

そうアスカが説明し始めた時だった。
今まで二人だけの空間であったこの部屋へ、突然介入者が現れた。

前ぶれもなくガチャリとドアが開き、

「————ッ?!」

バッとアスカが身を翻す。
キリも咄嗟とっさに腰から短剣を抜いた。
二人の間に緊張感が走る——。

しかし入ってきたのは、丸眼鏡をかけ、白いひげを蓄えた、白髪交じりの老人であった。推定年齢65歳くらい。
老人はキリたちを確認するために眼鏡を外して洋服の端でキュッキュッとレンズを拭くとおもむろに眼鏡をかけ直して、

「……ふむ」

キリとアスカを一瞥してから老人は二人との距離を少し詰めると、腕を組んだ。
そして、

「はて? 誰じゃったかなあ、お前さん方は……。アキラじゃったかの。ん。……いや、ルキア、……ああ、オスカルっ!!」
「アスカ」

じっとりとした目で老人を見据えるアスカに、キリは拍子抜けしたように肩をすくめた。
心配することはない。
どうやら、アスカの知り合いのようである。

老人はアスカの言葉に大きく頷くと、ポンッと手を打った。

「そうじゃったそうじゃった!いやあ、この歳になるとやはり記憶能力が衰えてくるのお」
「毎回のようにやりあっている気がするんだが」
「いい加減覚えろ、と? ハッハッハ。大丈夫。これだけは忘れてないぞ。お前がウェルリア国王の息子で第一おう……」

『王子』と言い終わらないうちに、アスカは老人の口を塞ぎにかかっていた。
モゴモゴとなにか言いたそうにしている老人に向かって、

「やだなあ、なあにボケてんだよ爺さん。アハハハ。その設定は前にウェルリア国王ごっこをした時のヤツじゃんかよお。 全く、相変わらずボケてやがるんだから! アハハハ」

アスカの手の下で「本当のことじゃろが」と老人が呟いたが、キリには聞こえなかったらしい。
なるほど納得としきりに頷いていた。

キリの様子にひとまず安心したアスカは、ひきつっている顔に、無理矢理笑みを浮かべた。

++++++++++++++++++++

店の外で、また、ドーンという大砲の音が響いた。

老人は塞がれていた口がやっと開放され、アスカの隣りで大袈裟にむせ返っていた。
アスカはそんな様子をじっとりとした目で見つめ、「自業自得だ」とぼやく。
そんな様子を蚊帳の外で見ていたキリは、「そう言えば」と切り出した。

「ところで、お爺さんって、何者なの?」
「わしか?」

キリは頷いた。

「答えようぞ。わしは、この時計店ので時計を作っとるんじゃ。一般的に時計職人と言われとる職業じゃの。で、この店の主人でもある」
「トケイショクニン……」
「そうじゃ。そしてわしの名前は……!」

そこまで言って、老人は首を捻った。
何か不具合でもあったのだろうか。

「あの、……どうしたの? お爺さん」

キョトンとした表情でキリはそんな老人を見据える。
老人はしきりに腕を組み替えている。

「はて……。おいアスカ。わしの名前教えてくれ。覚えとるじゃろ」
「はあ?!」
「いやはや自分の名前まで忘れてしもうたわい。ハッハッハ。いやあ、年寄りは辛い辛い」

辛い辛いと言いながら頭を掻いている老人だが、その表情は底抜けに明るかった。
それに反比例して、アスカの表情は苦虫を噛み潰したようである。

「おい。自分の名前を忘れるなんて、よっぽどだぞ」
「そうじゃな。なら仕方がない。わしのことは『オスカル』と呼んでくれ。今日からわしは『オスカル』! これで一件落着じゃ。ハッハッハ」

豪快に笑う老人の隣でアスカは頭を抱えた。
そうして、その笑いを遮るようにしてキリに言う。

「この爺さんは『クラーウ』って言うんだ。ほら、この店の表に『クラーウ時計店』って看板が掲げてあるだろ」
「おー、そうじゃったな。そう。それがわしの名前じゃ」
「爺さんが自分で店の名前付けたんじゃなかったっけか」
「そんな昔のことなど、忘れたわい」
「都合の良い頭だな、ったく」

キリは一連のやり取りを見て、

「二人って、……とっても、仲が良いんだね」

「どこが!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。ガッハッハ」
「なに肯定してるんだよ!」

いつまでたっても終わらないやり取りを聞いてか、机の上で毛繕けづくろいをしていたフクロウのシィが呆れたように「ホウ」と一鳴きした。


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