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Re: 逆ギレマスカット【5話完結】コメ50!Thank you★ ( No.66 )
日時: 2013/07/05 22:38
名前: 冬の雫 (ID: 7qD3vIK8)

6 マスカットの世界

「……姫ちゃん…」

大地が切なそうに呟いた。
オレは不意に、「あ、そうか」と心の中で思う。

愛しい人に会えば、誰もがこんな反応をするもんだからな。

「二人とも、ナニ逃げてんのよ。あの生意気な先輩がうるさかったのよ」
「ああ、それはすまん」
「許さないわよ」

姫島がなぜかオレを睨む。
頼むから大地も睨んでやってくれ、大地からの視線が痛い。

「あ、それとマスカット」
「あ?」
「忘れてないでしょうね、放課後のコト」
「……あー…、…」

忘れてた……。

放課後か。何されるんだろうか。

ケンカ?
説教?
剣道部への誘い?

……全部お断りだコノヤロー。

「絶対行かなきゃだめか?」
「うんそう絶対。じゃなきゃわたしがしばく★」
「こわっ」

姫島は、弥生先輩を敵対してるんじゃなかったのか?
本当に、こいつは何を考えているのか分からない。

───だから、知ってみたいと思うのは人間の本能だよな…?

「…マスちゃん」
「うん?」
「放課後、先帰ってていい?」
「……う?」

オイオイ、急にどうした 大地。
そんな悲しそうな目でオレをみないでくれ。

「それはいいけど…すぐ終わらせるぞ?」
「ああ、大丈夫。今日は一人で帰りたいんだ」
「そうか……」

どうしたんだコイツ、今までとは雰囲気が違う。

こんなに……こんなに、しんみりしてるヤツだったか?

「どうしたのよ大地、元気ないわね」

姫島もそう察したのか、不信そうに大地を覗き込んだ。

───途端に大地は、ビクンと体を反応させる。

「お?」
「あ」

オレと姫島が呟くと同時に、大地は───姫島の元から、逃げ出した。


大地が出て行った後を見て、突然のことにオレと姫島はポカンと大地の後を見つめる。

「………マスカット。あんた何かした?」
「それはお前だろ」
「…………」
「………………」

沈黙が、オレと姫島の中を意味ありげに漂った。

★☆★

「…はぁっ…、はぁっ…」

廊下を走り、HRの終わった教室を横切っていく。
どこにも行くあてがなくて、とっさに保健室に飛び込んだ。

……つ、つかれた……っ

姫ちゃんが急に覗いてくるもんだから、恥ずかしいくらいに心臓が飛び跳ねて俺は咄嗟に逃げてしまっていた。

…小さい頃の心臓発作を思い出すな。

「───おう、宮本じゃねぇか。どうした、凄い勢いで滑り込んで」

俺が悶々としていると───そう言って出てきたのは、セクシーなお姉さん…じゃなかった、ヒゲ面のおっさんだった。

普通ここはお姉さんだろ、と少し落胆する。

「な〜んで保険医がおっさんなんかね……」
「あ?なんか言ったか?」
「いえなにも……」

ベッドにぼふんと座り、口を尖らせる。
そのおっさん───笈田オイダは、どこからかタバコを取り出し煙を吐いた。

「…くっせ…、なに保険医がタバコ吸ってんだよ!」
「あぁ?いいだろこんくらい」
「ダメだよ!保険医の自覚あんのかおっさん!」
「あ"ぁ?」
「いえ…、オイダサン」

笈田から睨みつけられると、すっげ怖い。
俺はみるみる縮こまり、笈田は余裕に煙を吐き出した。

俺は裾で口と鼻をガードしながら、顔を顰めてこもった声で言う。

「つーかセンセ…帰らなくていいのかよ?」
「なんで帰る必要があんだ」
「もう放課後だぜ。保険医なんて放課後はいなくてもいいんじゃねぇか?」
「お前がいる限り帰れねぇじゃん」
「あ、そーか」

俺は納得するが、決してその場から動こうとはしなかった。

笈田は時計を確かめてから、「なぁ」と掠れた声で言う。

「なに?」
「お前、なんかあったのか」
「はぁ?なんで」
「急に来られたらびっくりするに決まってんだろ。疑問に思わない方がどうかしてる」
「ああ、まぁな」

で?と笈田が煙を吐き出す。「どうしたよ」

「いやまぁ…、恋する乙女的な?」
「…乙女ぇ?…ぶはっ、笑わせんなよ」
「…うっ、うっせぇよ!」

思ってたより恥ずかしくて、「もういいだろこの話は!」と声を張る。
どうやら笈田もそう言おうと思っていたらしく、「そうだな」とまだ笑いの余韻を残しながら言った。

「俺だって恋する男子高校生の話なんざ聞きたくねぇ」
「俺もアラサーのじいさんの話なんか聞きたくねぇよ」
「ぶはっ」
「うぇっ、けむてぇ!」

笈田が笑うと同時に、タバコの煙が保健室中に充満する。

俺は愉快とも不愉快とも言い難い状況にまどろっこしさを覚えながらも、やはり笑みは零れていた。

「お前もう帰れよ、金髪ヤロウ」
「えっなんでだよ」
「邪魔なんだよ」

笈田はまた煙を吐くと、「オラオラ、さっさと帰れ」と俺を急かした。

「くそっ…、覚えとけよおっさん!」
「だからおっさんじゃねぇっつってんだろ」

まだ35だ、という笈田の声を背に、俺は渋々保健室から出て行った。