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- Re: 地獄はドSの手によって。 ( No.1 )
- 日時: 2013/06/22 23:09
- 名前: 冬の雫 (ID: VHEhwa99)
1 地獄のひとたち【1】
[地獄、門]
「今月の給料…なんでこんなに安いんですか」
給料袋を手にし、着物を着た男は、閻魔の前でそう不満を口にした。
給料袋には、“千円だよ、御疲れ!”との文字。
男───舞夢は、不機嫌な顔を露わにしながら地獄の長である閻魔をギロリと睨んだ。
「…い、いやぁ…、舞夢くんにはいつも助けてもらってるよ。小鬼の世話や、悪業をした者の罪への罰を与えてあげている。その他にも色々とネ」
「じゃあなんでこんなに少ないんです?オレこんなんじゃ生きていけませんって」
「死んでるんだけどネ」
「黙ってください」
仮にも長であるというのに、舞夢はそんなことを気にせずまたも閻魔を睨む。
閻魔は困った顔をして汗を流しながら、「それは私がしたんじゃないんだネ」と責任を逃れるように手の動作もつけて首を横に振った。
「知ってます、どうせ亞代でしょう」
「分かってるじゃないか、じゃあ亞代クンの処へ行きたまえネ」
閻魔が、「ネ?」と独特の語尾で訊き返す。
舞夢はぶすっと不機嫌に睨んで、「……分かりました」と給料袋を握りしめ門を後にした。
「……全く、亞代クンには困ったもんだネ」
舞夢が去った後で、閻魔は巨体でため息を吐きながら眉を下に下げたのだった。
[地獄、亞代の書斎]
「亞代」
書斎の扉を開けると、奥の机の方に小さな女の子がキセルをふかしていた。
───亞代だ。
「お前、この給料バカにしてんのか」
舞夢が亞代の居る机の方へとツカツカと足を進ませ、机に給料袋を叩きつけるように置く。
亞代は大きな瞳でそれを見つめ、くるくるとした黒髪を揺らしながら「此れ、舞夢のお御給料袋?」と見た目は小さながら丁寧な口調で言った。
「そうだよ。なんでこんな金額なんだ」
「嗚呼もう、そんな顔で怒らないでよ。貴方ただでさえ吊り目なんだから」
「お前はオレにも劣らず今日もドSだな」
「貴方には負けるわよ、舞夢」
亞代はそう小さく笑ってから、「舞夢は地獄一のサディストで有名だからね」とからかうように言ってみせた。
「話がずれた。───この給料、上げてくれ」
「其れは無理」
「なんで」
舞夢は、顔を顰めて亞代に訊く。
亞代は「あのね」とキセルを吐くと、机に頬杖をして諭すように言った。
「最近、此処は景気が悪いの。分かる?百五十年間此の書斎から地獄を見てきたけど、こんなに景気が悪くなったのは初めてよ」
「だからって」
舞夢は嘆くが、すぐにそれは無意味なことだと分かり、口を閉じた。
「…私も、御給料を下げる様な事はしたく無いのよ。貴方が一番、此の地獄に貢献してくれてるしね」
「………」
「だからさ。我慢して頂戴」
「……分かっ…た」
舞夢が、素直に給料袋を持って背を向ける。
そんな舞夢に亞代は驚いて、「あんた如何したの」と目を丸くした。
「……何が?」
「何時もと違うじゃない」
「…そうか?」
「然うよ。何時もは此処で遜らない」
亞代は化け物を見るように眉を顰めたが、「……まあ、いいわ」と諦めたように言って、「貴方の魂胆がたった今解ったもの」と視線を斜め下に向けて息をついた。
「魂胆?」
「然う。
…どうせ、其処ら辺の小鬼でストレス発散でもするんでしょ」
亞代がそう言うと、あまり表情の変えない舞夢が「お」と少しだけ目を感心の色に変えた。
「正解」
そんな舞夢に亞代は、「伊達に二十歳の貴方より百三十年間多くここに居ないわよ」と呆れたように言ったのだった。