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Re: 神様による合縁奇縁な恋結び!?【夏の短編 1話更新】 ( No.13 )
日時: 2014/06/02 22:57
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

第二話 「神様は正直者」

「ああ、杏璃ちゃんっ! 大丈夫!? って気絶してる……?」
 目の前で後ろへ見事きれいに眠っていく姿を、いや気絶していく姿を見て呆然とする。
 とりあえず杏璃の傍へ寄ると菜那城はもう一度布団を掛けなおしてやった。
「まだ貧血気味だったのかな……。杏璃ちゃん、大丈夫だと思う? 琥珀?」
 菜那城は問いかけるように背後を振り返る。そこにはいつの間にか壁に背を預けた青年は腕を組みながら立っていた。億通そうにゆっくり菜那城を見やるとすぐに視線をずらしてしまう。
「はあ? そんなこと知らねーよ」
 短く傲慢な声が返ってきた。口調からは面倒くさそうな気が隠すこともなく溢れている。
「知らないってそんな無責任な……。どうしよう。このまま、まだ寝せておけばいいのかな」
 投げ出すような答えに菜那城は少しむっとし、心配するような瞳で杏璃を見つめる。そんなつぶやきに琥珀も仕方なさそうに近づいて来て杏璃の様子を見た。
「これ、完全に気絶してんな。それにしても、なんでまた急に気絶したんだ……。そんな化け物でも見たわけじゃあるまいし。まあ、まだ寝かせとけ。起きたときに甘いものでも作っておいてやるから」
 様子を見ると用は済んだと言うように琥珀は部屋から出て行こうとした。しかし素早く菜那城は琥珀の言葉に食いつく。
「甘いお菓子を作ってくれるの!?」
 瞳を輝かせて詰め寄る。それを鬱陶しそうに押しのけて言い捨てた。
「お菓子はあそこで寝転んでる病人のために作るんだ。お前に作ってやるなんて言ってない」
「えー!」
 しなしなと耳が悲しげに垂れていくのがよくわかった。拗ねたように菜那城は杏璃の隣へ静かに戻っていく。その時ふと、琥珀は違和感を覚えた。
「ん? 耳が垂れていくって、お前……——『耳』出てるぞ!」
 慌てたように琥珀が声を荒げた。その声にびくりと菜那城はかたを震わす。
(嘘、でしょう……?)
 そんなはずはないと誰かに否定して欲しい。
「……ったく、また厄介ごとを増やしやがって」
 琥珀は自分の頭を指差しながら、深いため息をついた。けれど菜那城の意識は別の所にある。だんだんと心の奥から焦りが足音を立てて近づいてくる。
(そんな馬鹿な、あれほど注意してたんだから……——)
 そっと怯えるように菜那城は自分の頭をさわってみた。その瞬間ゾワーッと一気に鳥肌が立つ。
 やめて、誰かこれは夢だと言って。
「うわあああああー!」
 乙女にあるまじき奇怪な声で菜那城は叫んだ。
 そこには頭の上で気持ちによって動く自分の『狐耳』があったから。
「きっと杏璃ちゃんに褒められて気が緩んだときに出たんだ……」
 杏璃が気絶したのは自分の耳を見たせいだと知り、失敗したことに気づいた菜那城はそれからしばらく、琥珀の激しい反省会に暮れた。

                *


 ここは菜那城神社。
 古くから建っている大きな神社で建築四百年以上にわたる。
 年々参拝者は少なくなってきているが、夏には大きな夏祭りが開かれ1月1日の正月には多くの人々が訪れる、地域になじみの深い神社だ。
 けれどそんな由緒正しき神社にも奇妙な謎が一つ。
 それは菜那城神社が無人の社と化しているにも関わらず、いつも境内の中はまるで人がいるかのように毎日きっちり掃除がされていることだった。
 もちろん、この神社に住む神様、菜那城たち自身が掃除に精を出しているなど誰一人として知る者はいない。


                 *

「ふあーっ、良く寝たあ……」
 太陽が沈み始める夕方の頃、少女は自分の子となった枕から顔をあげ背伸びをした。けれどそんなのどかな気分も一点、先ほどのことを思い出すと、頬を引っ叩かれたような気持ちになる。
(まさか本当に狐耳人間がいるなんてことはないよね? きっとはあれはコスプレかなんかで……)
 ここの神主だという女性、菜那城にもう一度会って確かめようと探すが、そこには誰もいなっかった。
「今までのは全部夢? いや、でもこの完璧な枕は私の腕の中にあるわけだし……」
 枕を抱きしめて一人で悶々と呟く。頬をつねってみるがしっかり痛みは感じるから一応今は現実なようだ。多分。
 辺りを見渡していると、目の前の障子に人影が映った。菜那城だろうか。
 もう一度自分の目で見て彼女の頭上に合った耳の正体を確かめようと決意を固める。けれどいくら待っても菜那城が部屋へ入ってくるような気配はなかった。障子の向こう側にずっといるだけ。
「菜那城さん、入ってこないんですか?」
 首をかしげて障子に手を伸ばすと、それを待っていたかのごとく杏璃が開ける前にゆっくりと障子が開いた。けれどその瞬間、血の気がさーっと引いていくのが分かった。
 障子をつかんで開く手は手はしわくちゃだ。いくら凝視しても骨ばった手は障子を掴んだままで話さない。
 (これ、菜那城さんじゃない……)
 その事実だけはどうにか分かった。彼女の手はもっと肌がみずみずしくて綺麗だった。
 ——なら、これは……誰?
 鳥肌が全身にぶわっと広がった。
 ゆっくり開かれていく障子から次に醜い脚と長い髪が見える。乱暴にとかされたような髪はお世辞でも清潔とは言えなかった。冷や汗が珠のように額に浮かぶ。熱さとは関係ない恐ろしさからくる汗だ。
(ていうかこれ、人でもない! 絶対人外だ!! あ、ああ、悪霊退散っ)
 体にまとわりつくようないやらしい空気に、杏璃は自分と同じ人間ではないことを本能で悟った。先ほど現実だと確信を得たばかりなので、これもまた夢だとはのんきに構えてられない。むしろ先ほどのほうがよかった。今のホラー映画のような状況と、可愛らしい少女に耳がありましたなんて状況じゃ、天国と地獄の差だ。
「い、いやっ、来ないで!」
 怖いあまり腰が抜け、杏璃は座ったまま一生懸命後ろにずるずると下がった。背中を壁につけると壁が異様に冷たい。そして目の前の障子以外逃げ場がないことに気づいてしまった。
 発作のような感覚が体を襲い、ヒューヒューと口から乾いた空気が漏れる。人間、恐ろしさに飲まれるとどうやったって反撃に出られないものらしい、と実感した。
 すとんと障子が最後まで開け放たれた。そこには見るに堪えない老婆の姿。視界の先が歪むのは、眼に涙が溜まっているせいだろう。
 目の前の老婆はいきなりケタケタケタと傀儡人形のような笑い声をあげると、ニタアと小さく微笑んだ。口元がこれでもかというくらいつりあがっている。次の瞬間、狂ったよう杏璃へ飛び掛かってきた。
「きゃああっー!!」
 怖さのあまり固く目をつぶって渾身の力で腕を振りまくった。今までの記憶が走馬灯のように流れる。
 お母さん、今までたくさん生意気言って迷惑かけてきたよね。ごめんね。
 お父さん、枕愛好家なんてふざけた趣味に走ってごめんね。でもいつかは枕の素晴らしさを分かり合えたらなって思ってたよ。
 妹、時々パシリにしてごめんね。いつか来世であったらガリガリ君、おごってあげるから許して。
 最後の懺悔を告げて、杏璃はこの世の悔いをなくすように心がける。そして天国へ召される時は笑顔で、と思い作り笑いを浮かべた。
 もし、私がひどい有り様の死体となって見つかってもみんな、泣かないでね。
 そう心の中でつぶやくと杏璃は動かす手を止めた。
 グッパイ、マイライフ……——。

Re: 神様による合縁奇縁な恋結び!?【夏の短編 1話更新】 ( No.14 )
日時: 2014/06/02 22:58
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

「——ちゃん、杏璃ちゃん!」
 自分の名を呼ぶ声に、杏璃は勢いで目を開けた。視界の先には心配そうな様子の菜那城がいる。けれども『耳』はなかった。ついでに老婆の姿も恐ろしい気配もなくなっている。
「ごめん杏璃ちゃん、不用心すぎた。まさか白粉婆が杏璃ちゃんの前に現れるとは思ってなかったから……。まだ気分は悪い?」
 ばつが悪そうに菜那城は杏璃の顔を覗き込む。呆然とする意識で分かるのは自分が生きてる、そのことだけだった。
 ああ、生きてるってなんて素晴らしいんだろうか。十代にして、生の重みを感じる。
「怖い思いさせちゃったよね。一般の人間にあの容姿は刺激が強すぎるもんね。とりあえず、白粉婆は抹消しといたから安心して!」
「お、おしろいばばあ……?」
 聞きなれない単語に首をかしげる。それに抹消とはどういう意味だろうか。
「うーん、簡単に言えば人間を襲う妖怪の一種かな。顔に白粉を塗りたくっていたでしょう? だから白粉婆。ちょっと前からここにも出没気味だったんだよね」
 あははと菜那城はなんでもない事のように笑う。けれど杏璃は笑顔を返せるような気分ではなかった。
 自分はまさに今、妖怪に会ったのだ。
 その妖怪が命までもを奪うものなのかどうか明確には分からなかったが、今でも思い出すだけで怖さに身が震える想いだった。
「抹消って……?」
 くらくらする頭を押さえて菜那城に向き合う。
「それは言葉の通り消滅させたってことだよ。大丈夫。これでもう白粉婆は現れないから」
 それは大いに助かる、が、そもそも白粉婆という妖怪が現れただけで一大事だ。もういないから大丈夫だよ、と言われてほっとできるほど頑丈な精神は持ち合わせていない。
 杏璃の取れない心の恐怖を読みとったのか、菜那城は両手でお饅頭のようなものを差し出してきた。
「琥珀が作った白あん饅頭よ。中は真っ白な雪のような白あん、外は甘さ控えめな茶皮。そして隠し味に梅のジャムが仕込んであります」
 説明書きを加えるようにして言うと、杏璃に饅頭を握らせる。
 温かい饅頭と甘い匂いに誘われて一かじりしてみると、ほろりと口の中で饅頭が崩れた。同時にあんの甘さと梅の酸味も舌を伝う。
「……美味しい」
 凍りついた心を溶かすような饅頭に杏璃は自然と微笑んでいた。それに満足げに笑って菜那城も一口で饅頭を口に詰め込む。たちまちリスのようなほっぺたになり、杏璃はつい忍び笑いが漏れた。
「ん、はに? ふたし、おかふぃい?」
 口に饅頭が詰まったままなので口調も間の抜けたようになっている。きっと本人は「なに? わたし、おかしい?」と聞いているのだろうけど。
 お饅頭を飲みこみ、もう一つと手を伸ばしていた菜那城はその手を止めてくすくすと笑う杏璃を不思議そうに見つめた。けれど益々笑いは大きくなっていく。
「ふっふふ。だって菜那城さん、リスみたいだから」
「そうかしら? まあ、琥珀にはいつも、そんなによく物を詰め込めるな、とか飽きられてるけれど」
 そんなに詰め込んでいるように見えるかな? と悩む菜那城を杏璃は穏やかな目で見つめた。再度むしゃむしゃと饅頭を頬張り始める姿は眺めているだけでおなか一杯になってしまうほどだ。
 ふいに杏璃は、真面目な顔で菜那城に向き合った。
「あの、菜々城さん。先ほど私が眼にした『耳』はなんだったんですか?」
 今はもう影もない菜那城の頭上を見る。その話を切り出した途端、菜那城はぴたりとお饅頭を食べる手を止めた。
「ええ!? あ、あれは、コスプレっていうやつよ! ほら、耳をつけたくなる時ってあるじゃない!? そういう感じ!?」
 明らかに共同不信となった菜那城に杏璃は眼を細めて見極めようとする。
「な、そんな眼で見ないで! わたし嘘は得意じゃないの!!」
 言ってしまった後に菜那城は石化した。まるで言ってはいけないことを言ってしまったかのように。それも当然、今の発言は自分から嘘ですと言っているようなものだったからだ。
 額に大量の汗を浮かべた菜那城を、杏璃はもういいというように、止めた。
 きっと目の前にいる彼女はどこまでも正直な人間なのだと思う。自分に正直で他人に正直。それは時として悪く出てしまうが、今の杏璃にとって菜那城の正直さはすごくいいものに思えた。
「菜々城さん、お饅頭おいしかったです。ありがとうございました。また今度お礼に来ますね」
 急な会話のおわりに菜那城はついていけず瞬きを繰り返す。しかし杏璃は一人で納得したような笑みを浮かべお礼を深くすると部屋から出て行こうとした。別れにしては素っ気なさすぎるが、これ以上菜那城の領土に入ってはいけない気がした。
 きっとこの話題にはこれ以上踏み入ってはいけないのだろう。白粉婆のことも忘れようか。
「——杏璃ちゃん。もし私が狐とかだったら怖い…?」
 障子に手をかけたとき、ぽそりと小さな声で菜那城が聞いてきた。
 それに杏璃は心からの思いを込めて返答した。そんなの、もうとっくに決まってる。あなたの性格を知ってしまったら、たとえどんな異種族でも……好きになっちゃうよ。
「怖くなんてありませんよ。だって菜那城さんですもの」
 菜那城は眼を見張るように開いた後、今にも泣きそうな笑顔を漏らした。

                    *

 聞いた説明によると菜那城は五十年ほど前からこの神社の神様をやっているらしい。ここは代々、狐の神の家系で引き継がれてきた社だと言う。神様に代替わりがあると知り、杏璃は少し驚いた。
 改めて菜那城を杏璃は観察した。そういえば彼女は自分と違った雰囲気をまとっている。神秘さ、と言ったような雰囲気だ。
 キャラメルとクリームを混せたようなキツネ色の髪は腰まで流れていて、目はルビーのように赤い。そして肌は純白だ。巫女服がとても似合っていた。
 それから杏璃に急かされて菜那城は渋々、しっぽや耳を現した。その毛並みの良さに杏璃は歓喜する。
「狐の毛並みってすごく良いんですね! サラサラ、フワフワ……売ったらいくらになるんだろう」
 不吉な言葉に菜那城はピクリと耳を揺らした。そして私のなんて全然、と首を振る。
「琥珀のほうが白くて素敵よ。あれほどの毛並みはきっとそうそういないでしょうね」
 認めざる負えないような表情で菜那城はうなづく。杏璃は首をひねった。
「そういえば琥珀さんってどんな方なんですか? 確かさっき、お饅頭を作ってくれたのが琥珀さんとか言ってましたよね? その前もあの枕を洗濯したのがそちらの方だとか……」
 今まで名前しか聞いてこなかったが、あの枕の完成度を見れば自然と杏璃の中では、琥珀という人物は尊敬するような立派な像が描かれていた。
「琥珀はなんでもできちゃう万能家政婦みたいなものだからね。いわば家族みたいな?」
「だーれが万能家政婦だ」
 障子がいきなり開いた。一瞬先ほどの白粉婆を連想させて杏璃は体を強張らせたが、どうやら違うらしい。
 シンプルだが素人の杏璃にも上品な布だと分かる着物、さらさらと流れる銀髪。障子から現れた男に杏璃は目を奪われた。
「あなたは……?」
「いいところに来たね! これが琥珀。彼は私の神使であり、『狼』なの」
 何事もないように紹介する菜那城に杏璃は呆然と整った顔の男を見つめた。
 狐の次は狼、ですか。