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- Re: 神様による合縁奇縁な恋結び!?【夏の短編 2話更新】 ( No.19 )
- 日時: 2014/06/02 22:59
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
第三話 「初恋の君」
「杏璃ちゃん? おーい」
しばらく魂が抜けたように琥珀を見ていた璃は菜那城の声で我に返る。自分が琥珀に見とれていたのだと認識すると顔が赤くなった。
(ば、馬鹿、私! 私にはあの人がいるのに琥珀さんを……。もしかして私って案外面食い!?)
自分では気づかなかった意外な一面が発覚し、穴があったら入りたい気持ちに駆られる。気まずい気持ちで視線をもう一度琥珀に移すと、彼はじっとこちらを睨んでいた。
「……なんだ。元気になったんだったらさっさと子供は家に帰れ」
氷のように冷たい声に杏璃は見とれるなんて色恋沙汰を吹き飛ばして不快感を覚えた。助けてもらった身なので反論はできないがあまりの言い様だ。さきほどあんなに美味しい饅頭を作ってくれた同一人物とは思えない。綺麗な外見だけに騙されるなと自分に言い聞かせていると、眉を寄せる杏璃に菜那城は誤解を解くように手を振った。
「杏璃ちゃん、今のは暗くならないうちに帰れって意味なのよ。ごめんね、分かりづらくて。琥珀は不器用な上に口が悪いから」
「違う、そのままの意味だ。それに俺は器用だ」
琥珀はむっとして言い返す。それを菜那城は見守るような目線で返した。そのお陰でさらに琥珀は子ども扱いされたような気分になり目を吊り上げる。
どっちが大人なのか子供なのか分からない二人に、杏璃は曖昧な表情を浮かべた。とりあえず、礼だけでも言っておこうと思う。饅頭は本当に美味しかった訳だし。
「あの、先ほどのお饅頭ありがとうございました。とてもおいしかったです」
「……ふん」
琥珀はそっぽを向く。冷たい態度に苦手意識が再び湧き上がった。
菜那城のいうツンデレ的な要素があるようには見えない。やはりただ冷たいだけの人なんじゃないか。そう考えているうちに琥珀はいつの間にか背を向けて部屋を後にしようとしていた。
結局彼とはちゃんと言葉を交わせなかったな、と遠ざかる背を見ていると、聞きづらいぐらい小さい琥珀の声が聞こえた。
「……そんなに気に入ったのなら土産に持って帰るといい。あとで言え」
口調はぶっきらぼうだが優しい言葉に杏璃は驚き、じんわりと心が温かくなるのを感じた。菜那城は琥珀の態度にくすりと笑う。そんな菜那城をぽかりと殴りつつも琥珀は去って行った。
あながち、菜那城のツンデレ要素があるっていう言葉は外れていなかったようだ。
「琥珀は本当に不器用だから、あまり他人にはその優しさが伝わらないの」
「ええ、とても分かりづらいですね」
杏璃は苦笑する。でも——。
「琥珀さんの優しさ、感じました」
そういうと、まるで菜那城は自分の事を褒められたかのように笑った。傍から見れば菜那城より万能家政婦と言われる琥珀の方がしっかりして見えるのに、今だけは菜那城の方が大人びていると感じる。
それから話を変えるように菜那城は杏璃に問いかけた。
「そういえば、お昼の時、倒れるほど真剣に願っていた願いことはなんっだったの? 話したくないなら無理に話さなくていいけど、杏璃ちゃんがよかったら話してくれないかな。私はあなたの力になりたいの」
いきなりの質問と切実な眼差しに杏璃は喉を詰まらせた。
「えっ……と、それは」
もごもごと口ごもる。杏璃の心に汗がにじんだ。なぜなら絶対に誰にも話さないと決め、固く結んだ紐が簡単にほどけそうになったからだ。彼女なら話を聞いてほしい、そう思わせるなにかが菜那城にはあった。
「なんで私の力になりたいんですか。私は今日会ったばかりの他人なのに」
他人、自分で発した言葉なのに深く胸に刺さった。そうだ、彼女はただ自分を助けてくれただけの人。もしかしたら会うこともない相手だったのかもしれないのだ。けれど菜那城は首を振った。
「他人じゃないよ」
「え?」
「私と杏璃ちゃんはもう他人じゃない。会った瞬間から縁で結ばれてるんだもの。杏璃ちゃん、『合縁奇縁』って知ってる?」
「あいえんきえん、ですか……?」
「うん、それは不思議な巡り合わせの縁、ってこと。杏璃ちゃんと私が出会ったのは縁なんだよ。だから他人じゃない」
どこまでもまっすぐ心の奥に届く言葉に杏璃は息をのんだ。
(私の願い、菜那城さんになら話してもいいかもしれない)
微かにすがりつくような視線を菜那城に送ると彼女は微笑んだ。
「それにね、私が杏璃ちゃんの力になりたい理由はただ一つ。私が『神様』だからだよ。神様は人助けが当たり前」
だからたくさん頼って、と菜那城は杏璃の手を握りしめた。彼女の手は神様故なのか冷たかったが、なぜか温もりを感じる。杏璃は静かに口を開いていた。
「……少し長くなりますが聞いてくれますか?」
「もちろん」
短くうなづくと二人は部屋に座りなおし杏璃は小さく、だがしっかりとした声で語り始めた。
- Re: 神様による合縁奇縁な恋結び!?【夏の短編 2話更新】 ( No.20 )
- 日時: 2014/06/02 23:01
- 名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)
雨の湿気が重たく背中に圧しかかる雨上がり。雨が上がったことで澄み渡るように真っ赤に染まった夕方の空を見つめながら杏璃はため息をついた。
「はああ……。また失敗しちゃった。いつになったら失敗しないで吹けるようになるんだろう」
じめじめする梅雨の季節のお陰で気持ちも一緒に沈み込み、家への帰る気力もなく杏璃は校庭のベンチに座るこむ。つんとした雨の匂いが鼻の奥をつついた。
(また、だ)
心の中で再度深いため息をつく。これほどため息をついてくると幸福が逃げるだけでなく不幸が寄ってきそうだ。
杏璃は先ほどまで音楽が流れていた部屋を横目で見た。少し前まで自分が部活動に励んでいた場所だ。
自分の入っている吹奏楽部は全国クラスという有名なこともあって練習がとても厳しい。吹奏楽部という名の運動部だった。また今のような六月の時期になると三年最後の大会が近いということもあり、普段以上に練習はきつかった。
吹奏楽部は総全132人、その中大会に出るれるのは50人という少ない人数であって3年生全員に2年生から5人選ばれる仕組みになっている。
厳しい選抜の末、2年生の中の1人に杏璃は選ばれた。しかし喜んでいたのもつかの間、杏璃は最初の合同練習から失敗しまくり、今ではメンバーチェンジも囁かれていた。
「……——っもうやだ! 嫌だよ、こんなみじめな気持ち!」
右手に持ったフルートに涙が落ちる。悲しくて悔しくて、きつくきつく手が痛くなるほどフルートを握りしめた。
(練習だって人一倍やっているつもりなのに、なんで私だけ失敗するの!? なんで私がこんな苦しい思いをしなきゃいけないの!?)
時が経つごとにどんどん上手くなっていく同僚、先輩たちからの期待、選ばれなかった者の陰口。いろいろなものが杏璃の心をつぶそうとする。
心の中で不満を吐き出すと、また涙が出てきた。ぐしゃぐしゃになった顔を手でおおいながら声を殺して泣く。
そんな時、大きな音が正面からした。なにかを撃ちつけるような重たい音。
「何の音……?」
いきなり響いた音にはっとして顔を上げる。今まで気づきもしなかったグランドには1人の少年が立っていた。
少年は大きく足を振りかざして無人のゴールにサッカーボールを打ち込んでいる。
(下校時刻はとっくに過ぎているから誰もいないはずなんだけど……)
自分のことを棚に上げつつ首をかしげてベンチを立つと、グランドのフェンスへ歩み寄った。目を細めて観察する。
(もしかして、あれは柴田君!?)
少年の正体に杏璃は眼を疑った。杏璃の一つ隣のクラスにいる柴田 結斗(しばた ゆいと)だった。
すらりとした173㎝の身長に、少しくせっ毛のふんわりとした首まである髪。体格はサッカーで鍛えられたのか細身でありながら逞しかった。
そのルックス故に女子の中ではもっぱらのイケメン男子とささやかれファンの子も多いい。最近ではサッカー部の時期エースとまでいわれ注目されていた。だからと言って舞い上がるのではなく、その性格は誠実で明るく、子供のように無邪気に笑う顔はいつもクラスの中心にあった。
しかしいつも笑顔の柴田が珍しく真剣な顔つきになっているのに気が付く。
(サッカーの練習かな……?)
時も忘れて、ただ夢中になってボールを蹴る柴田を見続ける。気づかない間に涙は止まっていた。
グランドの中で1人、額から流れる汗をぬぐいながら何本もサッカーボールを蹴りシュートの練習をしている。その光景を見ていると、優しく吹く風が柴田を優しく包み込んでいるようにさえ見え、真っ赤な太陽が応援しているように思えてきた。
(あんなに頑張って……。汗だってかいてるし息だって荒い。あそこまでしなくても彼は上手いのに、なんで——?)
目の前の光景に杏璃は眉を寄せた。どうしても柴田がここまでして練習に励む理由がわからない。頑張らなくたって十分じゃないか。
(——いや……違うんだ!)
自分のひねくれた考えに反論を覚えて杏璃は首を振った。
違う、そうじゃない。彼は元から上手いわけじゃなくて。
(あそこまで頑張ったからこそ上手いんだ……!)
頭を強く殴られたような衝撃を受けた。
サッカーがうまい彼のことを羨ましがっていた先ほどまでの自分が恥ずかしくなる。柴田の一番すごいところはきっと自分に甘えず励めるところだ。
(私は頑張れていたかな。甘えてたんじゃないかな)
杏璃は握りしめていたフルートを見つめた。先ほどの零れ落ちた涙はどこかへ消えている。
厳しい選抜で選ばれたとき、あまりにも嬉しすぎて自分の努力にうぬぼれ、家での練習が厳かになっていた。
その怠惰な結果が今の自分だ。そして尚もその結果を誰かのせいだと、自分は悪くないのだと言い募っていた。そうすれば自分が傷つかずに上手く逃げれるから。
でも目の前にいる彼は逃げていなかった。
(私はできなかったことだ。柴田君ってすごいな。エースだって騒がれていたのに、それに甘えず一生懸命練習してる。私ができないことを柴田君はしている……でも、私もできるんじゃないだろうか? やらないだけで、やれるんじゃないんだろうか?)
「できないかも」と「できるかも」は似ているようで全然違う。どちらも「かも」ならできるかもを選びたい。
自分に問いただすと、心のもやもやがすーと晴れていくのを感じた。
(私もやってみよう。彼のように……なりたい!)
瞳の奥の何かがきらめく。杏璃は握りしめていたフルートを再度見つめ口元へと運んだ。
「よしっ」
気合を入れると息を吸い込み杏璃はフルートを口に当てた。空気を入れ、指を動かすと楽器は音を奏で始める。高くて綺麗な音。
音が校庭中に響きわたり、そよ風が流れ、今にも花々達が歌いだしそうだ。先ほどの風も太陽も杏璃に味方してくれているように思えた。
流れ出る旋律に身を任せていると大地が共鳴し、心も一緒に動き始めた。——しかし。
「ブビッ」
っとフルートから変な音がでて、世界は一瞬にして崩れ去った。
(はあ、まだまだか……)
変な音を出したフルートを見つめながら肩を下した。だが少しだけ先ほどと違った何かの違和感を見つけた。そう、世界は先ほどよりもきらめいている。
それを感じ取り感動に身を浸していると子供のような無邪気な笑い声が耳に届いた。
「ふっ、あははははっ」
(——なっ!)
一瞬驚き、状況を理解してから頬をふくらませる。
(私がいくら下手だからってなんなのよ。人のことを笑うなんて!)
声のした方を睨みつけると、そこには練習の足を止めた柴田がこちらを向いて笑っていた。杏璃の視線に気づいたのか笑顔のまま近づいてくる。
(うわわわわっ! こっち来た)
思いもしなかった展開に慌てふためき硬直する。先ほどの怒りはどこへやら緊張ですっ飛んで行った。なにせ自分とは縁のない舞台上の人間がこちらへ歩み寄ってくるのだから。
「ねえ、今のって吹部でいつも吹いているやつ?」
きれいな声だ。澄んでいて青い空を思わせる。
「う、うん」
話しかけられただけでこんなにも緊張している自分が少し情けなくなった。少しでも平常心を心がける。
「やっぱり! でも、なんだか今のはいつも聞いてるのと違うなって気がした」
(……え? どうゆう意味よ、何が言いたいわけ?)
杏璃は「普段の吹奏楽部よりひどい演奏」と受け取り怒りが戻ってきた。しかしそれは違ったらしい。
「なんだか今のはとっても元気がよかった。俺はいつも聞いてるのよりそっちの方が好きだな」
春風が吹いたような優しい笑顔に杏璃の思考は一度停止した。頭の中を「好きだな」の言葉だけが回る。時間が経つにつれ、先ほどの言葉が頭に入ってきた。
「うはがっ」
奇怪なうめき声をあげて杏璃は頬を押さえた。これが世に聞く女子を瞬殺にするという王子様スマイルなのだろうか。なんと心臓に悪い一撃。
「ん? どうしたんだ小林」
ずっと頬に手を当てながら黙り込んでいる杏璃を柴田は不思議そうに見つめた。それによって更に緊張が増す。止まれ、心臓! ドキドキするな。
「あっいや、えっと……——うわあああ! ちょっとタイム! 見ないで」
グルグルとまわりだした視界にとっさに柴田に背を向けた。これ以上見られたら窒息死しそうだ。
彼に背中を向けることで少し冷静になってくるとと、今度は自分が言った言葉に青ざめていった。きっと今頃柴田は自分を可笑しな奴だと思っているだろう。誤解を解きたくて振り返ると柴田はお腹を抱えて笑いを噛みしめていた。
「あははは! 女に見るなって言われたの初めてだ。小林って面白いんだな。俺、仲良くなってみたい!」
明るい笑顔と言葉に杏璃は胸が跳ねた気がした。そっと控えめに柴田を見つめる。真っ直ぐに見れないのは難しい乙女心故にだ。
「私なんかでよければいいけど……、えっと、じゃあ、はじめましてから?」
珍解答をする杏璃にまたもや柴田は吹き出す。その原因に気づかず杏璃は頭を抱えた。
「え!? 私変なこと言った?」
「いや、同学年なんだし、顔見知りでもあるんだからはじめましてはびっくりしただけ。あははは!」
「そんな笑わなくても……。それじゃあ、仲良く鳴るっていうのはどうするのかな。相手の事を知っていく、とか?」
初歩的な考えを巡らす杏璃を面白そうに見ながら柴田もうなづいた。
「そうだな。じゃあ、その手に持ってる笛のこと教えてよ。綺麗で興味がある!」
「笛じゃなくてフルート。聞くならちょっと話が長くなるから座って聞く?」
気を使って今まで座っていたベンチを指さす。
「どんだけ熱狂的に話すんだよ」
「なっ、聞きたいって言ったの柴田君じゃない!?」
「うそうそ、ごめん話して。気が行くまでお話しください」
なんだか自分が聞いてほしいと言っているような立場になっているのは気のせいだろうか。
それでも杏璃はフルートを褒められ興味を持ってくれたことに嬉しくなり、喜々として説明を始めた。
その時はまだ想いもしなかった。
これから彼に恋をするなんて。