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神様による合縁奇縁な恋結び!?【参照100突破 挿絵あり】 ( No.30 )
日時: 2014/06/02 23:03
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)

第四話 「秘密の時間」

 音楽が校庭中に響き、音符がかろやかにスッテプを踏む。杏璃はフルートを持ちながら呼吸と一緒に器用に指を動かした。今まで楽譜の端から端まで完璧には吹けたことがなかったが、この調子でいけばパーフェクトでいける。
(やっと……)
 メロディも終盤に差し掛かり残すところわずかになった。しかしもう少しで終わるという気持ちが油断を呼んだ。
「ピッ!」
 と音程の外れた高い音が出る。
「ああー、中指の動きが遅かったか……。でも、ううんまだまだ」
 がっくりと肩を落としつつ、しっかり今の反省点を見つけ、杏璃は再びフルートをくわえた。
 前ならすぐ沈んでいた心が今では前向きに何度も挑戦する心に変わっていた。最近ではミスも少なくなくメンバーチェンジの噂などとっくに無くなっている。それもこれも全て、あの日を境に起こったことだった。
 
 真っ赤な夕日の中、杏璃は定位置となったベンチに座りフルートを吹き続ける。
 あの日、柴田が練習しているのを見つけ自分が衝撃を受けたときから、杏璃は必死に部活が終わった放課後もグラウンドのベンチに座り練習していた。そしてそこから広いグラウンドもボールを自在に操る柴田の姿も見える。杏璃はひっそり一緒に頑張っているような嬉しい気分にも浸っていた。
 ちょうどもう一度フルートを吹こうとした時、グランドにいた少年がこちらに向かって歩いてきた。
「小林ー!」
 名前を呼ばれ顔を上げる。この声は何度聞いても杏璃をドキッとさせた。
 もう練習が終わったのかユニフォームの上からエメラルドバックを下げ、こちらへ柴田が来た。
「柴田君、練習もういいの? いつもだったら五時半までやるのに、今日はまだ五時だよ?」
 学校に取り付けられている大時計を見ながら杏璃は首をかしげた。すると柴田はふっと笑って隣に腰を下ろす。突然隣に柴田の気配が近づいて杏璃は肩をびくりと揺らした。
「ど、どうしたの?」
 共同不信になりつつも隣のベンチにしっかり座っている柴田を見た。そうすると、とても距離が近いことに気づく。少し動いたら肩同士がぶつかりそうだ。
(ち、近いよー……!)
 堪えきれなくなって、とっさに席を立とうとすると柴田が手首をつかんだ。
「ちょ、待って。あのさ、俺小林のフルートをしっかり聞いたことなかったから聞きたいんだ。いつも練習中に流れてくるけどやっぱりサッカーに集中してるとあんま聞けてなかったから。今、吹いてもらってもいいかな?」
 杏璃はつい、手に持っていたフルートを落としそうになった。手首をつかまれたことで立つにも立てず、再びベンチに浅く座る。それでも抵抗するようにベンチの端っこに寄った。でなければ緊張してフルートなんて吹けやしない。
「へたっぴだけどいいの? ほら、練習中は逆に集中してるものがあったからましに聞こえただけかも……」
「いいよ、どんな音色でも。俺は小林のフルートを聞きたいんだ」
 澄んだ瞳は優しく真っ直ぐに杏璃を見つめてきて、杏璃はそれに飲み込まれそうになる。自分でも顔がほてるのを感じた。それに柴田はくすりと笑う。
「まさか緊張してるのか? それじゃあもっと人が増えたときどうするんだよ」
「だ、大丈夫だよ! こう見えて私は本番に強いタイプだから」
「本当かよ。じゃあ本番のつもりで一曲吹いてください」
 杏璃はぎこちなくうなづいてフルートに指を添えた。しかし静かな動きとは逆に心は激しく鳴っていた。
(すっごく緊張する! どうしよう、まだ完璧に吹けたことないのに……)
 不安と緊張が混ざって変なめまいがしてくる。きっとコンクールで三千人の客を目の前にした時より緊張してるだろう。柴田の視線が自然とフルートに吸い寄せられる。
 震えだしそうになる手に必死に力をこめ、指の先の爪まで神経を通らせた。
「それじゃあ、パッヘルベルの『カノン』を」
 杏璃はフルートを吹くために、そして緊張を落ち着けるために深く息を吸った。そしてそっと静かに奏で始めた。
 今回コンクールに望むための曲はパッヘルベルが作曲したクラシック曲「カノンニ短調」だ。パッヘルベルの最も有名な曲であり一般的にも知られる曲で、初めは滑らかで穏やかに、時が経つにつれてだんだん華やかで早くになっていき、広い広い大地を駆けていくような曲調だ。
 杏璃は小刻みに指を動かしつつ滑るように広がっていく音色を校庭中に響かせる。フルートを吹く前はとても緊張していたのに、瞼を閉じてフルートだけに意識を注ぐと音色の繊細な部分まで手に取るように耳へと流れ込んできた。時を忘れて杏璃はフルートを奏でた。そして最後の音符を吹くとそっと瞼を上げた。そこには隣で聞き入っていた柴田がいた。
「すごいな……! 音に飲み込まれたよ!」
 ささやくようで歓喜に満ちた声に自然と杏璃は口の端が上がる。初めてつっかえることなく吹けたのだ。
「誰か聞いてくれる人がいるってだけでいつもより集中できたかも」
 嬉しそうに杏璃は笑った。ほどよい緊張感を保てたおかげで吹ききれたのかもしれない。
「そうなの!? じゃあ俺、毎日でもここに座って小林のフルート聞くよ! 小林にもいい影響に鳴るみたいだし、俺自身ももっと聞いていたい」
 楽しそうに柴田はこちらを向いてぐっと身を乗り出してきた。改めて杏璃は柴田との距離が近いことを思い出す。いつのまにかささやかな抵抗として取っていた距離は縮まっていた。
「ひっ!」
 つい息をのむ。けれどそんな杏璃の様子をお構いなしに、柴田は笑って杏璃の手をフルートと一緒に包み込んだ。
「俺、小林のフルート、っていうか音色、大好きだよ!」
「あっ、ひゃい! ありがとうございます!!」
 柴田の手の大きさと温かさが直に伝わってきて混乱する頭を必死にフル回転させる。しかしそれに気づいてないのか柴田は笑顔のまま立ち上がった。
「よし、もうそろそろ帰るか。丁度五時半だし」
「うん、そうだね」
 杏璃も立ち上がって柴田の隣に並ぶ。練習をするようになってから帰る方向が一緒だということが判明し、それからは一緒に帰っていた。そして杏璃にとってその時間が一日の最大の楽しみであった。
「本当にすごいな。あれって結構肺活量とか必要だろ?」
「まあね、毎日の腹筋背筋は欠かせないな。でもそのお陰でフルートだけじゃなくって結構、大きな声も出せちゃうんだから」
 得意そうに言う杏璃に柴田はどんな自慢だと笑った。その笑顔だけで杏璃の心は切なさと嬉しさで満ち溢れる。この頃感じる胸のむず痒さに杏璃は首をかしげた。
(この気持ちはなんていう名前なんだろう……?)
 一度見てしまうと目が離せなくなる柴田の笑顔に杏璃は心を染める。そしてもっとこの笑顔を見たくなるのだ。
「柴田君もサッカーどんどん上手くなってきてる気がするよ」
 必死に練習する柴田の姿を二週間見つめてきて、杏璃は心から思ったことを言った。しかし柴田はにやりと笑うと首を傾けた。
「ん? 気がする? なんだか適当な言葉だな」
 その言葉にはっとなって誤解を解こうと手を振る。
「えっいや、そうゆう意味じゃなくてね。私は素人だから確実には分からないっていうことであって……」
 杏璃はあたふたしながら自分の招いた間違いを必死に正そうとした。そんな様子を見て柴田はぷっと引き出した。そしてまた声を上げて笑う。
「からかったの!?」
 自分がからかわれたいたことに気づき、ふくらむ杏璃の頬を見て、柴田は笑いをこらえるようにしながら否定する。しかし笑いをこらえながらの弁解は弱い盾も同然だ。
(柴田君はサドスティックだ……! いじめっ子だ! 騙される私が悪いのか……? いや、絶対に騙すほうが悪いに決まってる!)
 ネガティブになりそうな心をひっぱたいて、きっと柴田を睨む。しかしそんな攻撃も柴田の前ではすぐに壊れてしまう。どうやら自分は柴田のいたずらが成功したような子供っぽい笑顔のは特に弱いらしい。
 急にさびしさが襲ってくる。まるで一時の夢から覚めたような感覚だった。登校してるときは長く感じる道も、帰りはとっても短かい。
「小林、そんじゃあまたな」
「う、うんまたね」
 ひらひらと掌を振る柴田にしぼんでいく心を隠しながら杏璃も手を振った。
(もっと、一緒にいたいな……)
 一瞬通り過ぎた言葉に杏璃は手を止めた。今、私はなんと考えた……?
「ん? どうした小林」
 杏璃の異変に柴田は眉を寄せた。急いで思考から抜け出すと取り繕うように杏璃は笑った。
「ううん、何でもない。また明日!」
「そっか。んっ、また明日」
 そう言い残し柴田は歩いていった。その背中を見届けると、そっと胸に手を当てる。
 トク、トクと音を立てる心臓。
 まだ鳴りやまないで。もっと響いて。
 杏璃は静かにそう願った。

Re: 神様による合縁奇縁な恋結び!?【4話更新】 ( No.31 )
日時: 2014/06/02 23:04
名前: 妖狐 (ID: aOQVtgWR)


 そんな毎日が続き七月の下旬、夏休みは明日と迫った日。
「小林、お前夏休みどうすんの?」
 セミの鳴き声が盛大になり太陽が沈みかける5時半頃、二人はいつものように練習を終え学校からの帰宅路を歩いていた。
「私? 私はね、夏休みのコンクールのために部活がびっしりあるんだ。ほとんど私情なんてはさめないほどにね。だから夏休みは部活漬け。柴田君は?」
「俺も同じく。夏休みは大事な試合があるんだ。そこで県の大会出場学校を争う」
 柴田は真面目な顔で遠くを見つめた。こういう時は柴田がさらに自分に喝を入れてる時だと杏璃は知っていた。
 どうやら今年の二人の夏休みは戦いの場となりそうだ。けれど不思議と憂鬱な気持ちはなく、わくわくと高揚感さえある。それはきっと共に戦う戦友のような相手がいるから。
「柴田君ならゴールたくさん入れて大活躍だよ」
「小林ならフルート完璧に吹きこなすだろうな」
 この一か月弱で一緒に練習に励んだ同士、お互いの努力は知っていた。だからこそ自信を持って言える。同時に出た言葉に柴田と杏璃は顔を見合わせて笑った。
 杏璃はこの時思っていなかった。
 ——この幸せな日々が突然終わりを告げることを。

「一緒に帰れんのも今日で最後だな」
 突然柴田が思い出したように呟いた。肩を並べて帰る幸せに浸っていた心に矢が刺さるような激痛が走る。気づけばもう家にたどり着いていた。
「え? 最後……?」
 聞き間違いかと繰り返すように杏璃は柴田を振り返った。それになんでもないかのように柴田はうなづく。
「ああ。だって夏休み入ったら大会がそれぞれ近いから延長部活が始まると思うぜ。そしたら練習終了の5時半より部活が長くなるしな。それに部活の日だってバラバラじゃないか」
「そっか、そう言われみればそうだね」
 考えればとっくに分かりきっていた現実に、杏璃はしばし呆然とした。明日も明後日もこうして、一緒に帰れると疑うこともせず思っていたのだ。
 心の中にぽっかりと穴が開いたような気がする。しかし、必死に作り笑いを浮かべた。
「それじゃあ、サッカーがんばってね」
 終わりを迎えた自分と柴田だけの秘密の時間にそっとさよならを言う。上手く、笑顔に見えただろうか? 
「……おう、お前もな」
 一瞬、柴田の目の奥にさびしさが見えたような気がしたが、それを調べる暇もなく柴田は隠すように顔をそむけた。
「じゃあなフルート、頑張れよ」
 そう言い残すと柴田はバックを掛けなおしつつ、歩いて行ってしまった。杏璃は柴田の背中を眺める。
 きっともう秘密の時間が再び訪れることはないだろう。日々の学校生活に戻ればお互い関係はなくなる。そもそも今までだって柴田と話す時間は練習と帰り位だった。同じ学年と言ってもクラスが違い、一方は人気者だ。本当は手を伸ばしても届かない、関係を持つことはなかった者同士。
(きっとこれは神様が与えてくれた一時の夢だったんだ)
 もう柴田の姿は見えなくなったが、杏璃はいつまでも歩いて行った方向を見ていた。
「もっと一緒にいたかったな」
 ポツリと出た思いがけない言葉に杏璃はばっと口を押えた。そういえば以前にも似たような気持ちになった。
(ううん、違う……)
 首を振った。以前になっただけじゃない。いつも、柴田と離れるとき常に思っっていた。
 その願いが合図のように胸から痛いほどの感情があふれてくる。
「これでもう、終わりなのかな……?」
 終わってほしくないという気持ちとそれは叶わないという現実が押し寄せてくる。杏璃は小さくしゃがみ込んで鞄を抱きしめた。そしてふとフルートに目を止めた。よみがえってくるのは柴田に聞かせて見せたときの記憶。音楽の先生やどんな友達に褒められた時よりも柴田の言葉が嬉しかったのを覚えている。
 その時、杏璃は自分の本当の気持ちに気づいた。
(私は柴田君のことが、好きなんだ)
 自然と出てきた答えに漠然すると共に納得した。しかし今更気づいても遅い気持ちを杏璃はどうにもできず熱いものが頬をつたう。
 杏璃は一か月前にベンチで自分の無力さに泣いた時より痛い思いを抱えて、小さくうずくまる。
 そして心が枯れるほど声を上げて泣いた。
 その日の夕方はまるで杏璃の心を表すかのごとく、突然のゲリラ豪雨が降った。