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Re: 君と進む未来なら【旭編】 ( No.176 )
日時: 2014/01/12 00:30
名前: 瑞咲 ◆7xuwBG6R9k (ID: 7uqXWVar)

   【旭編 第九話】



 時刻は午後八時。
 私達は、西の沼のすぐ近くまで来ていた。

 息を潜めて、少しずつ沼に近付く。
 …そして、沼が見えるところまで来た。


 高峰さんや私達が予想した通り、史人さんはそこにいた。

 史人さんは沼の中央に佇んでいた。
 浅い沼らしく、下半身しか浸かってない。
 ただ、月光に照らされた腕や首筋には、細かい傷がたくさんあった。

 物音を立ててないにも関わらず、史人さんがこちらを向いた。

「…やっぱり来たね」

 もう隠れている必要はない。私達は木の影から出て、史人さんと向き合った。
 それぞれ手に武器を持って。
 旭が静かに告げる。

「今夜、あなたを祈祷します——九頭竜」

 不敵に笑う史人さん。
「出来るものならやってみなよ。だけど…」
 史人さんは指揮棒を持った私をちらりと見て続ける。

「沙依は戦わないほうがいいと思うよ?」
「え…?」
 私は眉を潜めたが…

 次の瞬間、心臓にズキッとした痛みが走った。

「痛っ…」
 思わず胸を押さえてしゃがみこんだ。

「沙依ちゃん!?」
 旭もしゃがんで私の肩に手を置く。
 それを見ながら、史人さんが説明した。

「呪いが執行される二十四時間前から、そのような発作が起こるんだ。
 祈祷師の場合、力を使うのも難しくなるらしい」

「…っ!やっぱり前触れがあるのか…」
 旭は衝撃を受けたように顔を歪めたが、すぐに引き締めて私に言った。

「沙依ちゃん、僕が九頭竜を倒す。だから…見守っていて」

「旭…」
 私は自分の無力さを悔やんだが、力強く頷いた。
 私は旭を信じているのだから。

 そんな私に旭は優しく微笑むと、史人さんに向き直った。
 少しの沈黙の後、史人さんが言った。


「さぁ…始めようか」


 それを合図に、旭は弓に矢をつがえ、史人さんは目を赤く光らせた。

 最初の矢が放たれる。
 すると、それをよけた史人さんの身体が変化し始めた。

 九つの頭を持つ、赤目の竜へと。

「それが…本来の姿ですか」
 旭は一瞬驚いたが、再び矢をつがえた。

 二本目の矢は、一番端の竜に刺さった。
 身体の面積が大きくなったため、狙いやすくなったのだ。
 しかしその代わり、ダメージが半減してしまうのだろう。

「やっぱり本来の姿じゃ不利だね。なら…」
 そう言って、史人さん…いや、九頭竜は再び変化した。

 八つの頭が引っ込んでいき…
 一つ頭の大蛇の姿を顕した。

「これなら俺のほうが有利だね…!」
 勝ち誇ったように言う九頭竜。
 しかし、旭は顔に笑みを浮かべた。

「そんなことはありません。なぜなら…」
 矢を九頭竜に向けて引き絞る。

「僕の特殊能力は、超人的視力ですから」

 放った矢は九頭竜を掠めた。

 旭は連続で矢を放つ。
 しかし、九頭竜は時々矢を掠めながらも、旭に近付いていき、

「へぇ、なかなかやるね!」
 牙を剥き出して旭に飛び掛かった。
 旭は避けるも、鋭い牙は右頬を大胆に引き裂いた。

「…っ」
 旭の右頬が血に染まる。

 九頭竜はお構い無しに牙を剥き出して飛び掛かり続けた。
 一度だけ服の袖を裂かれるも、旭は上手く避け、九頭竜と距離を置いた。

「お見事。だけど、そろそろ矢がなくなる頃じゃないかな?」
 旭はこれまで、かなり矢を放っている。
 底を尽きてしまうのも時間と攻撃の問題だ。

 しかし、旭が狼狽えることはなかった。
 さっきと同じように、笑みを浮かべていた。


「僕の武器は弓矢だけだと思っているんですか?」


 …え?
 それってどういう…

 私が疑問に思ったその時、旭はズボンのポケットから何かを取り出すと、
 疾風の速さで九頭竜に飛び掛かった。