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Re: 君と進む未来なら【旭編】 ( No.188 )
日時: 2014/01/15 18:36
名前: 瑞咲 ◆7xuwBG6R9k (ID: FMSqraAH)

   【旭編 第十三話】



 その感覚に思わず目を開けた。
 沼に膝まで浸かっていることに変わりはない。
 だけど、霊——悪霊ではない——の気配がする。

「何だろう…?」
 旭が首を傾げた、その時だった。


 不意に、一人の少年が現れた。


「え?」
 なんで私達のもとに霊が…?
 疑問を抱く私の横で、

「あ…あ……」

 旭が虚ろな声を上げた。
 振り向くと、彼は信じられない、とでも言うような顔をしていた。


「兄…さん…!?」


 私がその言葉の意味を理解する前に、
 旭が兄と呼んだ少年は、にっこりと微笑んだ。


「この姿では久しぶりだね、旭」


 途端に、旭は脱力したかのように、沼の底に膝をついた。
 少年は、驚きすぎて声が出ない私の方を向いた。

「オレは旭の兄の時和彰あきら。よろしく、沙依ちゃん。
 あ、オレのほうがだいぶ幼い姿だけど、悪霊の姿は死んだときのままだから」

 そこでようやく尋ねた。
「な…なんでここに…?てか、なんで私の名前を…?」

 すると、お兄さん——彰さんはこう言った。
「実はオレ、ずっと旭のそのヘアピンに宿っていたんだ」

「宿っていた…!?」
 無意識に旭が触れたヘアピンが、チカリと光る。
 目を見開く私達に、彰さんは頷いた。

「うん。そのヘアピンに清めの力を込めるとき、
 死んだばかりのオレの魂が引き寄せられたんだ。
 だから、オレはヘアピンに魂を宿らせることにした」

 まだ驚きを隠せない旭が尋ねる。
「つまり、兄さんはずっと僕の側にいたってこと…?」

 彰さんは、やわらかく微笑んだ。
「うん。ずっと旭のことを見守っていた。旭が見たものは全部、オレも見ていたよ」

 その口調、その表情から、彰さんがどれだけ
 旭のことを想っているかが伝わってきた。
 第三者である私の胸もほっこりとしたが…

「でも、これでお別れだ」

 その言葉に、耳を疑った。
「お別れ…え…!?」
 旭の顔が、みるみる青ざめる。

 真剣な表情をして、彰さんは続けた。
「もうすぐ、沙依ちゃんの呪いと一緒に旭の呪いも解かれる…。
 つまり清めの力は不必要となり、このヘアピンに
 込められたものは自動的に消滅するんだ」

 膝をついていた旭は、途端に立ち上がって叫んだ。
「そんな…!そんなの嫌だよ…!行かないでよ、兄さん…!」
 すると、彰さんは真剣な表情から一変して、再び優しく微笑んだ。

「旭、お前には、誰よりも大切な人ができただろう?」

 その言葉に、私は目を見開いた。
 彰さんが私に目を移す。
 旭もはっとしたように振り向いた。



「これからは、沙依ちゃんと支え合いながら生きていくんだ。
 彼女を幸せにする——それが、旭の使命なんだ」



 それから、私に近付いて言った。
「沙依ちゃん、旭の側にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」

 私は力強く頷いた。
「はい、私はこれからも旭の側で生きていきます」
 それを聞いた彰さんは、優しく目を細めて微笑むと——

 次の瞬間には、もう姿を消していた。

「彰さん…」
 彼がさっきまで立っていた空間を見つめていると、


 不意にぎゅっと抱きしめられた。


 しばらくそのままでいた後、旭は少しだけ身体を離し、私と目を合わせた。
 私が微笑むと、旭も微笑んで言った。



「僕も、この先ずっと、君の隣で生きていく。——君を幸せにするために」



「うん…約束だよ…」

「ああ…約束する…」


 再び強く抱きしめ合う。



 ——そろそろ霊力の波が消えようとしていた。