コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.10 )
日時: 2013/08/08 18:13
名前: 和泉 (ID: mt9AeZa7)  


♯5「冷血長女の日常 2」

「そういえばさ、俺も聞きたいことあるんだけど、いーい?」

日下部が首をかしげてこちらを見てきた。
どうぞ、とそっけなく返して、英語のワークに目を落とす。
聞くなら聞けばいい。返事をするとは誰も言ってない。

すると、日下部はのんびりとこう尋ねた。


「なんで、志望校イチコーにしたの?」


イチコー、一ノ宮高校。
あたしの家から徒歩十分ほどにある高校で、県内有数の進学校。そして、あたしの志望校。
偏差値は口が開くほど高く、今のあたしの成績じゃ、あと少し、手が届かない。
だから毎日毎日狂ったように参考書を解く。
届け、届けと念じながら。
「家から、近いから。歩いていけるし」

「嘘だ」

あたしの返事に日下部が即答する。
やだな、なんでわかっちゃうんだろ。
困ってそっと顔をあげれば、思いの外まっすぐな目をした日下部と目があった。

「だって藤沢さん、なんかしんどそうだもん。最近。無茶、してるんじゃないの?藤沢さんは家から近いからなんて理由で高校選んで、無茶するような子じゃないしょ?」


正解だ。

本当は、家から近いからって理由でイチコーを受験したのはあたしじゃない。


ナツ兄だ。


ナツ兄は今、イチコーの二年生。
あの驚くほど偏差値の高いイチコーで、塾にもいかずトップをとり続けている。
二年前、ナツ兄はあたしの我が儘を聞くために必死に勉強してイチコーに入学した。
母さんにも父さんにもあたしは面倒をかけた。

ナツ兄は優しいのだ。バカみたいに。

イチコー楽しい?ときくと、楽しいと返してくれる。
でも彼女がいたなんて聞いたことないし、友達と遊びにいく姿もしばらく見ていない。


でも、きっとあたしがイチコーにいけば。
あたしが我が儘をした分の埋め合わせを自分ですれば。
きっと、ナツ兄は普通の高校生になれるはずなんだ。
二年もかかっちゃったけど。

「お兄ちゃんと、同じ高校にいきたいの」


小さくつぶやく。

すると、日下部は驚いたように目を開いて、そのあと柔らかく微笑んだ。


「お兄さんのこと、大好きなんだ?」


うん、大好き。

つぶやくと、日下部は「無理しないでね」とそっと私の頭をなでた。


その手が嫌じゃなかったのは、振り払わなかったのは、きっと一時の気の迷いだ。