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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.100 )
日時: 2013/08/26 22:56
名前: 和泉 (ID: mt9AeZa7)  


♯38 「次女と星空と思い出とヒーロー」


「ひまわりの家」

わたし、アヤとヒロがいた場所は、そんな名前の施設だった。

それが孤児院、という場所で、家庭に事情のある子供たちが集められていた場所だと
知ったのはずっとあとになってからだ。


私はある秋の夜、生後まもない時に「ひまわりの家」の前に
置き去りにされていたのだという。

名前もつけられず捨てられた私に、
名前をつけてくれたのは「ひまわりの家」の先生だった。

アヤ。漢字で書くと「綺」。

星のきれいな夜に捨てられていたから、私は綺と名付けられた。


ヒロも同じ。
生後まもなく、母親の手によって「ひまわりの家」に預けられた。

だからもう気づいたときには、ヒロは私のそばにいた。

そして、気づいたときには私にとって「ひまわりの家」は地獄の場所になっていたのだ。


三歳になった私は、年上のお姉ちゃんたちから意地悪されるようになった。

最初は先生に配られたお菓子を私だけくれないとか小さなことだったけれど、
だんだん叩かれたり突き飛ばされたりするようになった。

先生に「たすけて」といったら、
めんどくさそうに「自分でなんとかしなさい」と返されるだけ。

自分でなんとかできるわけないのに。

じっと我慢しながら、部屋のすみでひとりうずくまって泣いていた。

そんな私のそばにいてくれたのがヒロだった。
ヒロは泣きじゃくる私の手をずっと握っていてくれた。

ヒロまで嫌なことされちゃうよ。

そういう私に、ヒロは首をかしげて、

でもぼくはアヤといたいから。

そういって笑ってくれた。

「ひまわりの家」の中で、ヒロだけが私の味方だった。
私たちはふたりぼっち。
誰にも仲間にいれてもらえず、孤立したふたりぼっちだった。

そして、あれは三歳の冬。

施設の小学生のお姉さんに突き飛ばされて、腕に大きなあざができた。

もう泣くのにも疲れて泣かなくなった私に、ヒロはこう言った。


「にげようよ」


ここから逃げ出そう。
ヒロはそう言った。


「にげれるわけないよ」

そう言う私。

「でも、アヤはここにいたらだめだよ」

だめだよ。
ヒロは繰り返す。

「アヤ、ここにいたら死んじゃう」

私は、何も考えずにヒロの手をとった。

上着を着て、裏口から外へ出た。

なんにも考えてなんかなかった。
計画なんてなかった。

逃げてどこへいけばいいかもわからない。
逃げた先に何があるかもわからない。

それでも逃げなきゃいけないと思った。
逃げたいと思った。

夕暮れの街をヒロと手をつないでかけた。

最初は街中を走っていたけれど、途中でいろんな人に見られていることに気づいた。

見られるのが嫌で、細い道に入ってまた走った。

街が夜になろうとしていた。
黒く染まっていく空。

走れなくなって、ふたりで歩いた。

星がきれいだった。
私の名前の綺。
私がすてられた日も、こんな星空だったのかな。

吐く息が白くなる。
手は真っ赤だ。
それでも歩く。
ここがどこかもわからないまま、歩く。

「さむいね」

「さむい、ね」

私たちはふたりぼっちだ。
ふたりでいられたら他になんにもいらなかった。

でも、でもほんとうはね————。

「こんな夜に、どうしたの?」

歩く私たちの上から、声が聞こえた。
立ち止まって見上げると、きれいな女の子が立っていた。

「もう夜の8時よ。
お母さんとお父さんは?」
女の子はしゃがみこんで私たちに尋ねる。
お母さんとお父さん。
そんなの、

「いない、よ」

いたらこんな場所にいない。

「……どこからきたの?」

「こわいばしょからにげてきたの」

女の子のきれいな顔が、歪んだ。

「あたしといっしょだ」

「え」

あたしといっしょだね。

女の子はそう繰り返して続けた。

「あたしもね、怖い場所から逃げようとしたの。
それでね、助けてもらったの」

女の子は私の手を握って、泣きそうな顔をした。

「迷子の迷子の子猫さん。
帰る場所がないならわたしのおうちにきませんか」

優しい声で歌うように、私たちの顔を覗きこんで女の子はいった。

なんでだかわからない。

だけど、そのとき思った。
この女の子についていけば絶対に大丈夫だって。



そう。
その女の子こそが後に私たちのお姉ちゃんになる、藤沢リカだった。