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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.111 )
日時: 2013/08/31 20:51
名前: 和泉 (ID: 6xDqgJhK)  


♯46 「長女と母親vs母親」

母さんがキレている。
それはもう、すっごく優しい笑顔なのに底冷えするような怒気を漂わせて。

あたし、リカは車イスから手を離して、そっと父さんの隣まで下がった。

誘拐犯、もとい立花紫乃に近づいていく母さん。

それを見ていると。

「あー、懐かしいなぁ」

「え?」

父さんが小さな声でぽつりと呟いた。

「涼子さん、高校時代ね、人助け団体作ってたんだよ」

なにそれ、そんなの初耳ですが。
ぎょっとして父さんを見上げる。

「団体名はHEROって言ったんだけどね。
学園内で起きるいろんないざこざの解決屋団体ってとこかな。
俺はその団体に入っていて、涼子さんの後輩だったんだ。
で、涼子さんが何度もごちゃごちゃした事件解決するところを見たけどね」

父さんは、小さな声でこう続けた。

「あの笑顔をした涼子さんに口でも暴力でも勝てた強者は、一度も見たことがないなぁ」

ちょっと待て。

口でも暴力でも、それはつまり。

「母さん、ケンカ強いの?」

「俺が見た中の最高記録では五分で身体的にも精神的にも成人男性5、6人ずたぼろにしてたよ」

その言葉を聞いて、私は突然心配になってきた。

母さんではなく、立花紫乃が。


そんな話をしている私たちをよそに、母さんは笑顔を崩さないまま立花紫乃に近寄っていく。

「ずいぶん、私たちの娘がお世話になりましたようで」

あ、だめだ怖い。
その笑顔に寒気を感じていると、

「あたしの娘よ!!」

立花紫乃がじり、じりと一歩ずつ後退しながら叫んだ。

「あたしが産んだの、あたしの娘よ!!
あたしのものよ!!」

とっさに、ナツ兄がアヤのもとに走った。
アヤの耳を塞ぐようにして抱き締める。

聞かせたくない。
アヤには、こんな自分勝手な理論にまみれた言葉。

アヤが今何も聞こえない状態。
それを確認した母さんはまたゆっくりと笑った。

「あの子は誰のものでもないわ」

母さんの攻撃ターンの始まりだ。

「なにを…っ!!」

「あの子は、あの子のものよ。
軽々しくあたしのものよなんて口にしないでもらえるかしら?」

母さんの、いつものふわふわした口調が完全に消えている。

「それに法的に言うならアヤは私たちの娘です。
確かに血は繋がっているかもしれないわね。
でも、五年前にアヤを手放したのはあなたでしょう。
今のあなたはアヤにとってはただの他人で誘拐犯よ。
突然現れてかっさらって手前勝手な理論ぶちまけないでもらえる?」


立花紫乃は何も言わない。
いや、言えない。
母さんの笑顔がそれを許さない。

「男のためにアヤを名前もつけないまま捨てて、
男に捨てられたら寂しくなってアヤを連れ戻そう、なんて。
そんなあなたの独りよがりが通用するとでも?」

母さんのセリフはどれもがどれも、反論の仕様がないほど正論だった。

「……うるさい!!あんたになにがわかるのよ!!」

「わからないわ」

母さんはゆっくりと繰り返す。
わかるわけないわ、と。

でもね。

「あなたが。本当にその男性を愛していて、それで別れを告げられたなら。
その男性に一時でも愛されたっていう「アヤ」という名の証拠を、
手元に置きたい気持ちはわかる気はするわ。」

「……っ」

それでもね。

「そこにアヤの意思はあるの?」

「………っ」

「アヤが心からそれを望むなら、私は寂しいけど止めはしないわ。

アヤ」

そう言って、母さんが車イスを押してアヤに近づいた。

「立花紫乃さんと、暮らしたい?」

淡々と、事務的に問う声が部屋に響いた。

「母さん!!?」

何言ってんだ、そんな口調でナツ兄が叫ぶ。

「なっちゃんは黙ってて。
アヤ、大事なことよ。
立花紫乃さんは、あなたの本当の母親。
彼女はあなたと暮らすことを望んでいる。

アヤは、どうしたい?」

黙って母さんの話を聞いていたアヤは、きゅっと手を握りしめた。

そしてゆっくりと首を振る。

「帰りたい。
ナツ兄と、リカ姉と、ヒロとお父さんとお母さんのいるおうちに帰りたい。」

それを聞いて、ゆっくりと母さんは立花紫乃を振り返った。

「そういうことだから。
この子、連れて帰るわね」
そう言って、母さんがアヤの手を引いたその瞬間。

「あなたが産んだわけじゃないのに」

立花紫乃がつぶやいた。

「え」

「本当の娘でもないくせに、母親なんて笑っちゃうわよ!
あなたの方が他人じゃない!!」

ナツ兄が息を飲んだ。

しかし、母さんはその言葉にゆっくりと口角をあげた。
そして一言。


「たとえ自分の子供じゃなくたって
腹くくって愛情そそいで育てきる覚悟を決めたなら、誰だって母親になれるのよ。」


あたし、この人の娘でよかった。

この人の娘になることができてよかった。

心の底からそう思った。

「あなたがその覚悟を決めることができたなら、今度は堂々とアヤに会いに来ればいいわ。
そのときまで、あなたの娘は私が責任をもって育てる。」

立花紫乃が泣き崩れた。
母さんは、そんな彼女に慰めの言葉もかけずにあたしたちを振り返った。

そして、ひとこと。

お家に帰りましょう。

そう言って、優しく優しく笑った。

あたしたちは大きくうなずいて、その家を出た。
家を出るとき、後ろを向いたアヤが、

「またね!!」

そう立花紫乃に叫んだ。
アヤがどんな気持ちでそれをいったかはわからない。
だけど、立花紫乃はドアが閉まるまで泣きじゃくったままだった。



マンションからでる。
アヤが無事帰ってきてよかった。
安心してアヤの頭をそっと撫でたときだった。

「母さん?」

ナツ兄の不思議そうな声が聞こえた。
どうしたんだろう、そう思いながら母さんの方に目をやると。

ぐらり、と大きく母さんの体がかしいだ。

「母さん……っっ!!」

おうちにかえろう。

一番帰りたかったのは、アヤじゃなくて。

「母さん!!!!!」

母さん、だったのかな。


母さんが車イスから崩れ落ちていく様を、私はぼんやりと眺めていた。