コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.112 )
- 日時: 2013/09/01 10:41
- 名前: 和泉 (ID: DrxGkANi)
♯47 「ぐらり、ぐらり」
なかないで。
なかないでよ、ねえ。
『あなたひとりくらい、担いで歩いてみせます!!』
だから俺にすがりついてよ。
弱音吐いて見せてよ、涼子さん。
高校生のかなめくんが、泣きながら笑った。
高校生のわたしも、笑いながら泣いた。
握りしめた手を、思い切り振り払ったのはわたしだった。
なかないで。
なかないでよ、ねえ。
かなめくんの泣き声がなっちゃんに変わって、
アヤに変わって、ヒロになって、リカちゃんに変わって溶けて消えた。
おねがいよ、なかないで。
だってわたし、幸せだったから。
アヤ誘拐未遂事件あと。
母さんは目を覚まさず、緊急手術と入院が決まった。
あたし、リカは毎日母さんの病室に通いつめた。
母さんは、今も眠り続けたままだ。
ガタが来ていた母さんの体は、突然の外出とストレスに耐えられなかったらしい。
あたしには、医者の説明はよくわからなかった。
ただわかるのは、あのとき母さんを意地でも行かせなきゃよかったってこと。
そして、母さんは今も眠り続けたままだということだ。
学校帰り、病室にいくともうナツ兄が先に来ていた。
「おかえり、リカ」
「ただいま」
言いながら、病室のイスに腰かける。
そして参考書を取り出した。
そんなあたしを見て、ナツ兄がぽつりと呟く。
「ほんとに、イチコー受けるのか。リカ」
受けるよ、あたりまえじゃない。
「二年前、まだ気にしてるのか」
気にするよ。
気にしない方がおかしいよ。
ナツ兄は、ほんとはイチコーに行くはずじゃなかった。
家から電車で一時間ほどの、専門学校に通おうとしていた。
諦めたのは二年前。
ナツ兄が中三の冬、あたしがヒロとアヤを
藤沢家においてくれとわがままを言ったからだ。
母さんは、そのとき体調を崩して入院が決まっていた。
家事くらいならナツ兄は専門学校に通いながらでも
あたしと分担してできるはずだった。
でもそこに、小さな子供の世話が入ったら。
自分が長い間家を空けるわけにはいかない、そう思ったんだろう。
ナツ兄は志望校を、家から一番近いイチコーに変えた。
ナツ兄はちょっとだけ、寂しそうに笑っていた。
だからあたしもイチコーにいく。
あたしがもっと家にいられる時間が増えたら、ナツ兄の負担もきっと減る。
だから、あたしはイチコーにいかなきゃいけない。
それなのに、ナツ兄は少し寂しそうな顔でいつもあたしを見るだけだ。
それは、あの日。
ナツ兄がイチコーに受かったときの笑顔によく似ている。
「なあ、リカ。
アヤの誘拐未遂あっただろ」
参考書から顔を上げないあたしに、ナツ兄が小さな声で尋ねた。
「うん」
「あれな、俺いろいろひっかかることがあってさ」
ひっかかること?
それが気になって顔をあげると、思いの外真面目な顔のナツ兄と目があった。
ひとつ、聞いてもいいか。
そう前置きをしてナツ兄はこう言った。
「おまえ、もしかしたら———————じゃないのか」
それを聞いて、時間が止まった気がした。