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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.114 )
日時: 2013/09/01 17:52
名前: 和泉 (ID: L46wKPpg)  


♯48 「長女と同級生とデートと写真展」


真っ白な頭で病院を出た。
なんで、ナツ兄はあたしにあんなことをきいたんだろう。
なんで知ってるんだろう。

あたし、ナツ兄にそんなこと話した覚えなんかないのに。

あたしの中の、一番古い記憶。

『リカちゃん、リカちゃん』

ちいさなちいさな女の子が、泣きながら手を引かれて去っていく。

いかないで。

伸ばした手は空を切る。
ぱたん、と閉まるアパートのドア。

振り返るとそこには鬼が立っている。

あのこの名前は、なんだっけ。

ずきん、ずきんと頭が痛い。
思い出すな、そう体が叫んでいる。

『いたい、いたいよお父さん……っ!!』

だめだ、だめだ。

うつむく。
頭がいたい。
いたい、いたい、いたい。

「思い、だすな……っっ!!」


『もう、だいじょうぶだからね』


桜の咲いたあの日にみた、優しい笑顔を思い出す。

優しい笑顔を思い出した瞬間、ふっと頭の痛みが和らいだ。

そのとき。

「藤沢さん……っっ!?」

聞きなれた声が聞こえた。
ぱっと振りかえって、大きく息をつく。

ああ、優しい笑顔はここにもあったね。

「日下部、くんだ」

日下部が、慌てたようにあたしの腕をつかんでいた。
「なんでいるの?」

「学校の帰り、いつもと違う方向に行くから気になって…」

「つけてきたんだ」

ストーカーめ。
そういうと、日下部がちょっとほっとしたように笑った。

「母さんが入院しちゃってさ。
今日は見舞い。
それにしても日下部くん、なんでそんなに慌ててたの?」

あたしが聞くと、日下部が困ったように眉を下げた。

「泣いてるのかと思ったんだ」

「え」

「うつむいてるから。
泣いてるんじゃないかって思ったんだ。
ひとりで、また」

だから、ちょっと焦った。

そういって日下部はあたしの頭をすっと撫でた。


「泣いてなくて、よかった」

そのセリフに、一瞬胸が跳ねたような気がした。
気がしただけだ、きっと気のせいだ。

ぶんぶんと首を降る。

頭の痛みは、もうずいぶん和らいでいた。

「ね、藤沢さん」

日下部がぱっとあたしから手を離してポケットに手を突っ込んだ。

「これ、一緒にいかない?」

とりだしたのは一枚のチラシ。

「四季の花の写真展」

そうタイトルがつけられていた。

「来週の日曜日、隣町のアートギャラリーでやるんだ。
一緒にいかない?
今度はふたりで、さ」

四季の花。
確かに興味はあった。
けれど。

「それってデートのお誘いですか?」

首をかしげて尋ねる。
そういうと、うっと日下部が止まった。

「そ、そう改まって聞かれると恥ずかしいんですが。
俗にいうデートのお誘いですね」

すっと目が横に向いていく。

「また写真展なんて中学生のデートにしては渋い選択ね」

そういうと、日下部はぱっとこっちを向いた。

「でも、藤沢さんは遊園地とか
そんなレジャー施設よりこういうのの方が好きかと思って。」

その通りです。

「それに、前に言ってたでしょ。
桜が好きなんだって」

桜の花の写真も展示されるみたいだから。

そういって、ふわりと笑った。

あたしも忘れたような小さな会話を、こいつは今も覚えていたのか。

胸の奥がぎゅっと掴まれたような気がした。
こんな感情、知らない。

あたしはふっと日下部から顔を背けた。
けじめをつける、そう言ったばかりだ。

そう決めて口を開く。

「でもあたし、受験生だし。ヒロとアヤを置いてもいけないし」

日下部の誘いを断ろうとした瞬間だった。

「いきますいきますむしろつれていけ」

どん、と肩を押されてよろめく。

慌てて日下部があたしを抱き留めてくれた。
ナイス日下部。

犯人をにらみつけると、
病院から出てきたナツ兄がこっちをみて笑っていた。

「やっほー、日下部くん」

「ど、どうも」

どことなく日下部の顔が青ざめた。
どうしたお前。

「お兄さん、いつからそこに……?」

「泣いてなくて、よかった。のあたりから」

「わりと最初の方ですねなんの羞恥刑ですかコレ」


にっとナツ兄が笑った。

「こいつ、全然息抜きしないから。
つれてってやってくれ。
多少遅くなってもいい」

「ナツ兄!!」

「お前は休め。
最近ちゃんと休憩してないだろ。
一日くらいぱーっと遊んでこい
俺たちは大丈夫だから」

「ナツ兄……」

さすがに申し訳ないんだけど、そう何度もいってもナツ兄は引こうとしない。

あたしはゆっくりため息をついた。

そして日下部を見上げて一言。

「いく」

日下部は嬉しそうに笑っていた。