コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.119 )
- 日時: 2013/09/07 16:56
- 名前: 和泉 (ID: MTFzUrNw)
♯51 「同級生と花言葉」
写真展をやるアートギャラリーは、わりと大きなビルの一階だった。
さっきまで若干パニックだった藤沢さんも今はずいぶんと落ち着いて、
俺と繋いだ右手をゆるゆると揺らしている。
いつもあんまり変化しない表情が今日は少し緩んでいて、
あーもうかわいいな、なんて思った。
ビルの中に入ると、たくさんの花の写真。
藤沢さんがうずうずしているのがわかる。
「冬の花から見る?春から?」
ちょっと笑いながらそう尋ねると、藤沢さんが首をかしげた。
「桜は春の花よね?」
まあ桜が秋に咲いたりはしませんね。
春の花のブースのほうに目をやると、一際大きな写真が飾ってあった。
あれが桜の写真だろう。
ふっと、俺の頭に二年前の藤沢さんの姿がよみがえる。
『なにをしているの?』
不思議そうにしゃがみこむ藤沢さん。
俺と藤沢さんが出会ったのも、桜の木の下だった。
『泣いてるの……?』
藤沢さんはきっと、その出会いを覚えていない。
「春の花、最後にしよう。
冬の花から見よう」
思い出にひたる俺をよそに、藤沢さんはよし、とうなずいた。
「桜は最後にみたいもの」
『桜は始まりの花なのよ』
藤沢さんの言葉が、また脳裏をよぎった。
手を繋いだまま、冬の花のブースにむかう。
「あ、山茶花だ」
「綺麗。京都で撮ったのね」
お、ちょっといい感じじゃないですか?
俺は心の中でガッツポーズをした。
ようやくデートっぽくなってきたぞ!!
この調子で話を振って……。
「菊の花もあるよ。」
そう言った瞬間。
「………そういえば食用菊っておいしいのかしら」
「藤沢さん、情緒って言葉知ってる!?」
まさか食い気にいくなんて思わなかったよ。
叫ぶ俺をよそに藤沢さんが別の写真に目をやる。
「あ、水仙もあるのね」
「ほんとだ。綺麗だね」
「ナルシストの花ね。
湖に映った自分を眺め続けた少年の化身。
日下部にぴったりじゃない」
「俺泣きそう」
藤沢さんとまともに写真展を回るのには大分根気がいるようだ。
次は秋の花のブース。
見て回っているうちに、藤沢さんが一枚の写真に目を止めた。
蒼い蒼い天をつく、曼珠沙華の花。
真っ赤な花弁が空に散っている。
「曼珠沙華?」
尋ねると、藤沢さんがゆっくりうなずいた。
「別名彼岸花ね。
奈良で撮った写真みたいだわ。」
「地獄に咲くから縁起が悪いって昔聞いたけど」
「あたしも聞いたわ。
でも、綺麗よね。
………確か花言葉は、"悲しい思い出"」
悲しい思い出。
その花言葉は、地獄に咲くと言う綺麗な花にはあまりに似合いすぎていて。
でもね。
ぼんやりと花を見つめる俺に藤沢さんが続ける。
「もういっこ、曼珠沙華には花言葉があるの」
「え」
————って、いうのよ。
その花言葉をあまりに悲しそうに藤沢さんが言うから。
俺はつい聞いてしまった。
「その花言葉、誰に教えてもらったの?」
すっと顔に影がさした。
藤沢さんは答えない。
質問を撤回しようとした瞬間だった。
藤沢さんはちょっと悲しそうに笑って、一言こういった。
「名前を思い出せないの」
顔も、声も、名前も。
存在はちゃんと覚えているのに。
教えてくれたことは覚えているのに。
なんにも思い出せないの。
そう俺にこぼした。