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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.120 )
日時: 2013/09/09 22:02
名前: 和泉 (ID: YsvlUcO/)  


♯52 「同級生と花言葉 2」

藤沢さんはそれからずっと暗い顔を見せることはなく、
不自然なほどの笑顔ではしゃいでみせた。

つないでいた手はいつのまにかほどけていて、
だけどもう一度彼女の手を握る勇気は俺にはなかった。

手を離した今、藤沢さんと俺の距離は約30センチ。

それが一番、俺と彼女にはちょうどいい距離なのかもしれない。


正午を回った。
二時間ほど見て回った写真展ももう見るものもなくなり、俺たちは静かにビルを出た。

「日下部くん、ありがとうね」

念願の桜の写真を見て、ポストカードまで購入した藤沢さんは、
嬉しそうに俺の隣を歩いている。
ポストカードは、ちょうど六枚。
藤沢さんの家族の分だとすぐにわかった。

「楽しんでくれたならよかった」

そう言って俺も笑い返す。
藤沢さんはひとつうなずいて、

「ねえ、あそこでお昼食べようよ」

そう言って、アヤちゃんがさらわれたあの河原沿いの広場を指差した。

聞き返すまもなくさっさと藤沢さんは歩き出している。
俺はあわててその背中を追いかけた。

「藤沢さん、俺、昼飯もってなくて」

「知ってるわ」

「買ってもないよ?」

どこかのファミレスで済ます気だったもの。

でも藤沢さんはかまわず広場に歩いていき、あの日座っていたベンチにすとんと腰を下ろした。

そして俺を見て不思議そうに首をかしげ、ぽんぽんっと自分の隣を叩いた。

「座らないの?」

「座らせていただきます」

そんなお願いされたら断れませんよ。

何がなんだかわからぬまま、俺も藤沢さんの隣に腰を下ろした。

そんな俺をよそに、藤沢さんはもっていた大きなトートバッグから、小さな包みを2つとりだした。

そしてひとつを俺の膝にのせる。

「今日、誘ってくれたお礼ね」

そう言って笑う藤沢さん。
開けてみると、中身はお弁当だった。
小さなハンバーグや卵焼きなど、中身はわりと豪勢だ。

「いいの!?」

「いいから渡してんのよ。さっさと食べれば?」

食べさせていただきます。
藤沢さんのそっけない一言も照れ隠しだともうわかるから、俺は大人しく箸を握った。

一口食べて目を見開く。

「おいしい!!」

「それはよかった」

「藤沢さんの手作り?」

「そうだけど」

半端なくおいしいです、藤沢さん。

もぐもぐと口を動かしていると、藤沢さんはそっと空を見上げた。

「夏、終わっちゃったわね」

空はもう、夏を通り越して秋を運んできている。

「終わったね。中学生最後の夏。案外あっさりと」

「そうかしら。あたしは大分濃かったと思うわ」

藤沢さんは、そう言って、そっと目を閉じた。

「簡単に時間って流れちゃうのね。
今になってもっと大事にしとけばよかったって思うもの」

俺だってそうだよ。

その一言がどうしてか口からでなかった。

風に吹かれて微笑む藤沢さんをみて、俺は思ってしまったから。


藤沢さんはよく寂しそうな顔をする。
悲しそうな顔も、身を切るような切ない顔も。
それは彼女の生い立ちのせいだと気づかないほど俺は鈍くない。

そして彼女が、俺にそこに立ち入らせてくれないことも。

その表情の奥にあるものを、藤沢さんは俺には見せてくれない。

俺は藤沢さんが好きで、好きで、好きで。
あの春の日から、ずっと藤沢さんだけを見てきたけれど、いまさら思う。


俺じゃ彼女を救うことも、抱え込んで守ることもできないのかもしれないって。

「どうしたの?」

藤沢さんがこちらをみて首をかしげた。

「どうしたのってどうしたの?」

「だって、なんだか浮かない表情してるから」

あたし、君になにか言ったかな?

そう不安そうに尋ねる藤沢さんに、俺は黙って首を振った。


俺は藤沢さんが好きで、好きで、好きで。

でも俺じゃ藤沢さんを守ることはできないかもしれなくて。

それならそれでかまわないと、はじめて思った。

彼女が幸せそうに笑ってくれるなら、悲しい顔をしないでくれるならそれでかまわない。


例えば藤沢さんの隣に立てるのが俺じゃなくても。
俺の気持ちが藤沢さんに届くことがないとしても。

藤沢さんが心を許せる誰かに出会えたなら、俺はもうそれだけで幸せなのかもしれない。


そんなことを思いながら見上げた空は、いつもより少しくすんで見えた。