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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.123 )
日時: 2013/09/28 21:13
名前: 和泉 (ID: nAiEZrNa)  


♯54 「長男の受難」


時計を見るともう六時。

クラスの女子にお菓子の作り方をレクチャーした俺はいろいろ消耗しきっていた。

お前らよくそんな無茶な菓子作りができるな!!と
俺の心の中の突っ込みは途絶えることがない。

しかしそんな無茶苦茶な女子たちの中でも、ひとりずばぬけて光輝く料理のできない女子がいた。

他でもない。

クラス委員の佐々木杏奈である。

「藤沢くん?どうかしましたか?」

「…………お前、その手の中にあるものはなんだ」

「……?」

そう。
佐々木はもう料理が下手とかそういう次元に生きていなかった。
佐々木はどこまでも我が道をいく女だと、俺は瞬間的に理解せざるを得なかったのだ。

「お前なんで手にニボシ持ってんだ!!!!?」

佐々木は、その手にニボシを掴んでいた。

クッキーにニボシ。
パウンドケーキにニボシ。

そうそう見ない組み合わせだぞそれ!!

「さっき試食したクッキーがなんとなく生臭かったのはお前のせいか!!」

「私、出汁をとるのは得意なんです」

「洋菓子に出汁関係ねぇ!!」

「む。それは聞き捨てなりません。
出汁は日本人の命ですよ?」

「洋菓子に日本人の命をつっこんでどうする!!」

「マイソウルフード、ダシ」

「英語で言ってもだめ!!
つか英語にすらなってねえ!!退場!!!」

俺はこの危険人物を早々に調理室から追い出した。

ニボシクッキーなんて俺は断固認めん!

しかし危険人物はどこまでいっても危険人物だったらしく、30分の後に

「やっほー、ナツ!!調子はどうだい?」

心底めんどくさいやつ、すなわち浩二を引き連れて戻ってきた。

「帰れ」

「えー、ナツくんにいい知らせを持ってきたのになー」

「どーせろくでもない知らせだろーが!!」

クリームを泡立てながら睨み付けると、まあまあと笑いながら浩二が出したのは一枚の紙切れ。

「これ、さっき文化祭の担当教師に出してきた文化祭最終企画書のコピー。
ちなみに〆切は今日。」

嫌な予感しかしない。
俺がじとめで二人をにらむのとは反対に、浩二はとんでもなくいい笑顔で言い切った。

「君の功績を称えて、俺らの模擬店の名前、"2のBスイーツキッチン"から
"ナツお兄ちゃんのお菓子のおうち"に変更して参りました!!」

「ちょっと待て」

女子が爆笑しながら拍手をする。
お前ら他人事だと思って笑ってんじゃねーぞ!!

しかしもう俺は動じない。反撃の時が訪れたのだ。

俺はとってつけたような笑顔で。

「今すぐ変更し直せこのやろう」

泡立てていたクリームを浩二の頭にボールごとシュートした。
浩二は悲鳴をあげて真っ白になった頭を抱えて後ずさる。
ざまあみろ。

そんな俺たちを一番間近で見ていた佐々木はというと、全く動じていない。

「ムリですね。だってもう出しちゃいましたから。
ちなみにクラスで働く野郎共は爆笑とともに大賛成してくださいました。
すいません、クリームがつくので近寄らないでいただけますか金井くん」

うん、お前は我が道を進めばいいよ。
ごーいんぐまいうぇいだ、佐々木。

遠い目をして笑っているだろう俺に、浩二が噛みついた。

「ナツ、クリームがもったいないだろ!!
……あ、でもなんか変な臭いするこれ。生臭い」

「それは退場する前の佐々木が、ニボシの粉末を大量投入していたことが先ほど判明したクリームだ。
どちらにしろ廃棄処分だったが、あまりにもったいないからどうにかならないか試行錯誤してた。
いい使い道が見つかったよ」

主に浩二への復讐と言う名のな。

はっと鼻で笑うと浩二はもう何も言わずに水道へと全力でかけていった。



その後。
クリームを被った浩二がようやく頭と顔を洗い終え、
制服からジャージに着替えて戻る頃にはすでにクラス全員解散ずみで、
ひとり寂しく帰路をたどったとかたどらないとか、それはまた別の話である。




「クリームにニボシ、いいと思ったんですけどね」

「ないわ。もっかい言うけどないわ」

戻ってこない浩二を放置し、クラスが解散した後。
すっかり暗くなった道を、俺は佐々木と歩いていた。

少し遠回りになるけれど、電車通学をしている佐々木を駅まで送るためだ。

女子の友達の少ない佐々木は当然のように暗がりのなかをひとり帰ろうとし、
さすがにそれは危ないと俺が送ることにした。

佐々木は歩きながら延々ニボシ、ニボシと呟いている。
あだ名をニボシにしてやろうか。

淡々と暗い夜道を歩いていると、あ、と佐々木が突然足を止めた。

「どうした?」

「あれ」

佐々木がすっと道ばたを指差す。
そこには道路の蛍光灯に照らされた、一輪の彼岸花がそっと天をついていた。

「綺麗だな」

「そうですね」

佐々木が笑う。
そういえば、と俺は我が家の長女の顔を思い出した。

「リカが花言葉に詳しくてさ」

「妹さんが?」

そう。あの我が家の女王様。

「彼岸花の花言葉も教えてくれたんだよ、昔」

「………それ、どんなのですか?」

佐々木がこっちをふりむいた。
蛍光灯の影になって、佐々木の表情が全く見えない。

俺は首をかしげながら、昔聞いた花言葉を口にする。

「確か、"悲しい思い出"。でももうひとつあったはずなんだよな……」

なんだっけ、と首をかしげて笑うと、蛍光灯の影になる位置にいた佐々木がすこしふらついた。

「佐々木……?」

その瞬間、まるでスポットライトを当てるように佐々木の顔が蛍光灯に照らされた。

俺は小さく息を飲む。

もうひとつの花言葉は。

かすれた声で佐々木が言葉を紡ぐ。

「————です」


蛍光灯に照らされた佐々木は、今にも泣き出しそうな顔で笑っていた。