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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.131 )
日時: 2013/11/03 16:56
名前: 和泉 (ID: m.emTaEX)  


♯57 「長男と長女の文化祭の朝」

記憶をなくしてしまったみたいなんだと、父さんは泣いた。

気弱な人だった。
それでも、一家の大黒柱としてしっかり立っていてくれた。
いつも優しく笑っている父さんが泣くところを、俺はこの10年一緒に過ごしてきて初めて見た。


目が覚めた母さんは高2以降の記憶を無くしていたらしい。

原因ははっきりしない。
倒れたときに強く頭をぶつけたせいかもしれないし、何か頭に悪性の腫瘍ができてしまった可能性もあるらしく、すぐに検査された。
しかし腫瘍は見つからず、脳内に異常は見つからなかったそうだ。

そうなると一番可能性が高いのは、ストレス。

『本当の母親でもないくせに!!』

母さんが倒れたあの日、立花紫乃が口にしたあの言葉。

母さんは平然とそれに言い返していたけれど、父さんは見逃さなかった。
母さんの目が、一瞬ひどく揺らいだことを。


どれだけ愛情を持って接しても、自分が子供たちの本当の母親になれることはない。
しかも自分は病弱で、子供たちに十分に接してあげることすらできない。

もっと元気だった頃に戻れたら、誘拐なんてさせない。
子供たちをきちんと守ることができたのに、と。

母さんは自分を責めた。

そしてそんな意識が、倒れた際に母さんの時間を巻き戻したんだろう、と父さんは言った。
一番母さんが元気で、そして楽しかっただろう高校二年生に。

親友だった俺の両親が生きていて、時おり体調を崩すことはあっても体が自由に動いて。
守りたいものは自分の手で選んで守ることができた、高校時代に。

でも時間を巻き戻すなんて言ったって、言ってみれば母さんはただ記憶を無くしただけ。

父さんと結婚した時の幸せな思い出も、父さんのプロポーズも覚えてない。
父さんは母さんにとって恋人ではなく、ただの後輩に戻ってしまった。

俺たちにいたっては、存在すらしないことにされてしまったのだ。

母さんの優しさが、今はただただ残酷に思えた。


母さんが記憶をなくした、なんてリカ達に言ったら傷つくのが目に見えている。
かといって自分一人で抱えきれるものでもなかった父さんは、俺に相談した。

そして二人で、しばらくは面会謝絶で通そうと決めた。
一時的なものかもしれない、まだ元に戻る可能性もゼロじゃない。

それまで、母さんの面倒は俺と父さんの二人で見よう、と。


リカが不満そうに飲み終えたカフェオレをテーブルに置いた。
双子が食べ終えたのを見計らい、食器を片付けるべく台所にたつ。

手伝おうと隣に立つと、リカは小さな声で俺にこう言った。

「何かあったんでしょう」

「…………」

「面会謝絶なんて言い訳で、あたし達が母さんに会わない方がいいと思うような、何かが起きたんでしょう」

リカには、どうやら隠し事はできないらしい。
黙って食器を拭く手を速めると、リカはこちらを見ずに淡々と続けた。

「父さんとナツ兄がそうした方がいいと思うなら、それに従うわ。
もう何も聞かない。
双子もしばらくはあたしが面倒見るから、母さんにかかりきってくれて構わない」

でもさ、リカはもっと小さな声で言った。

「またちゃんと話してよ。
家族なんでしょ。
どんなことでも受け止めるから」

うん。

俺は黙ってうなずいた。

早く母さんの記憶が戻れば良い。
過ぎた優しさに苦しめられるのは、あまりに辛いから。

「今日、見に来なくて良いなんて嘘よ」

リカがふいにそう言った。

「母さんいないんだし、あたしの中学校最後の文化祭なんだし、ちゃんと見ててよね。
寝たりしたら許さないから」

「寝たりしねぇよ。ちゃんと見てる」

「どうかしら」

「任せろ、ビデオの用意もバッチリだ!」

「録画は遠慮しとく。
黒歴史だって言ってんでしょ。」

「カメラもちゃんと持ってくからな」

「人の話聞いてる!?
記録に残すなバカ兄貴!!」

ぽんぽん言い合う俺たちを、まだ朝食を食べていた父さんが目を細めてみていた。

しかし。

「あ、言い忘れてた」

家を出る直前になって、リカが藤沢家に爆弾を落とすことになろうとは誰も予想だにしなかった。

「赤ずきんのパロディ、一応恋愛ものだから。
狼と赤ずきんのラブコメディ。
ラブコメ苦手なら要注意よ」

…………ちょっとまて。

赤ずきんをやるのはリカで、狼をやるのは日下部。

つまりはリカと日下部のラブコメディ、だと?

日下部がリカに片想いしてるのは知っている。
悪いやつじゃないと思うし、なんとなく応援もしているけれど、それとこれとは話が別だ!!

誰が好き好んで大事な妹のラブシーンを見たいと言うのか。

「兄ちゃんは、断固認めんっっっ!!!!!」

「まあまあナツ君」

「認めないもなんもないでしょ。行ってきます」

『いってらっしゃーい!!』

「待てリカぁぁぁぁぁあ!!」

「落ち着こう、ねっ、ナツ君」


何はともあれ。
次女の文化祭です。