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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.134 )
日時: 2013/11/09 17:36
名前: 和泉 (ID: Kwou2MmU)  


♯60 「同級生とオレンジジュースの間接キス」

俺はやりきった。

狼のリアルフェイスマスクを全力で投げ捨てて、俺、日下部音弥は大きく息をついた。

この劇疲れた。主に精神的に。

「日下部くん、お疲れさま」

「お疲れさま………、藤沢さん、いつあんな凄まじい格闘術身に付けたの?」

控え室の空き教室に入ってきた藤沢さんに、俺はため息混じりにそう尋ねた。
俺の好きになった女の子は、そこらにいる男よりよっぽど男前だったようだ。
蝶のように舞い、蜂のように刺していた。

何故あんなことができたのか、不思議に思って尋ねると、
藤沢さんはオレンジジュースのパックにストローを差しながら一言。

「ナツ兄が昔教えてくれたの。
ナツ兄、あんな細身だけどケンカはそこそこ強いのよ。
運動神経もいいしね」

ナツさん、あなた妹に何教えてるんですか。

っていうかナツさん、あなた運動神経よくて、イチコーでトップとれるくらい頭よくて、イケメンって。
全世界の男子を敵に回す気ですか!?

俺が頭を抱えて唸ってるのを見て、藤沢さんは首をかしげてオレンジジュースを飲んでいた。

「藤沢さん、オレンジジュース好きなの?」

ふと気になって尋ねると、藤沢さんはこくりと素直に頷く。

「おいしいから。たまにすごく飲みたくなるの。
でも一番好きなのは、ナツ兄が淹れてくれたカフェオレね。」

そう言って、藤沢さんは幸せそうに笑った。

本当にナツさんが好きなんだな。
そう思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。
兄妹って言ったって、ナツさんと藤沢さんは血が繋がっていない。
藤沢さんがナツさんを恋愛感情で好きになる可能性はゼロじゃないんだ。

そう思うと、じくじくと胸の奥が疼いた。

やだな、俺。
ナツさんに嫉妬してる。

『藤沢さんが笑ってくれるならそれで良い。
その隣にいるのが、俺じゃなくても』

こないだのデートの時、そう思ったばかりだったのに。

ぼんやりと黙りこんだ俺。
すると、藤沢さんは何を思ったか手元のオレンジジュースに目をやって、
ああ、と俺の口元にジュースを差し出した。

………………え?

「喉乾いたんでしょ、飲む?」

待って待ってお嬢さん。

「え、でもこれ藤沢さん口つけてなかった?」

でも藤沢さんはきょとんと首をかしげている。
気づいてないの、藤沢さん!?

俺は心中焦りながら藤沢さんに尋ねる。

「いや、間接キスになるんじゃないかな…って」

そう言った瞬間。
藤沢さんの顔が一気に赤くなった。

「う……わ、ごめん、あたし……!!
なし、今の無しっ!!」

真っ赤な顔で慌てる藤沢さん。
そのとたん、ぷつんと俺の中の何かが切れた。

慌ててジュースを引っ込めようとした藤沢さんの手首をそっと掴む。
それをそのまま自分の口元に引き寄せて、ストローをくわえた。

藤沢さんが停止した。

俺はゆっくりとジュースを飲み込んで、そっとストローから口を離した。
藤沢さんは目を見開いて、俺を見ている。
俺はそんな藤沢さんににっと笑いかけると、そっと手首を引いて、藤沢さんの体を引き寄せた。

そして

「ごちそうさま」

耳元でそっとささやいた。

動かない藤沢さんの肩をとん、と叩いて、俺はまたあとでね、と教室からゆっくりでる。
きっと藤沢さんには余裕綽々に見えているに違いない。

けれど、がらりと空き教室の扉を閉めた俺は、

(バカバカバカ、何やってんだ俺ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)

全力で走り出した。
顔が熱い。
きっとさっきの藤沢さん以上に真っ赤になってるに違いない。

何やった、俺、今何やった!!?

口の中に少し残ったオレンジジュースの味が妙に生々しくて、恥ずかしくて。
ばたばたと全力であてもなく走っていると、勢いよく誰かにぶつかった。
謝ろうとして顔をあげると。

「日下部君?」

「……………ナツ、さん」

今一番会ってはいけない人がそこにいた。