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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.135 )
日時: 2013/11/09 22:30
名前: 和泉 (ID: 6xDqgJhK)  


♯61「同級生と長男と空に一番近い場所」

「どした?顔赤いぞ?」

ナツさんがひょいっと俺の顔を覗きこんだ。

『中途半端な気持ちで妹に手ぇ出すなら、こんなもんじゃすまさないから』

夏祭りの時のナツさんの言葉を思いだし、ふいっと顔を背ける。

すいません。
決して中途半端な気持ちではありませんが、妹さんに手は出しちゃいました。

だらだらと汗が滝のように流れる。
そんな俺をふーん、と見たナツさんはにっと笑って一言。

「リカとなんかあったでしょ」

がっと顔が熱くなった。
なんでわかるんすかナツさん………っ!!!!

「俺の妹に手ぇ出しちゃったわけだ」

怖い怖いナツさん怖い。
顔がもう赤いのか青いのかわからない。
俺どうしたらいいの。

パニックになった俺に、ナツさんはくるりと背を向ける。
どうしたんだ。
拍子抜けしていると、ナツさんがこちらを振り向いた。

「ついてこいよ。今から展示見ようかと思ってたんだけど、やめた。
日下部くんもその様子じゃ、まともに展示なんか見れないだろ?
俺と話、しない?」

ノー、とはとてもじゃないけど返せなかった。
なんだかひどく、ナツさんにすがりついて泣き出したくなるような。
そんな頼もしさと優しさがその背中にはあった。

「行きます」

「おー。じゃあこの中学の卒業生として、とっておきの抜け道教えてやるよ」

そう言って、ナツさんは東校舎の三階へと向かった。
どこへいくんだろう。
首をかしげながら後を追う。
ナツさんの3歩後ろを、小走りでついていく。

ナツさんの背中を追いかけながら、俺は思った。

本当にナツさんはかっこいい。

初めて見たときも思ったけど、背が高くて、足が長い。
背筋もスッと伸びていて、スタイルが良い。
顔も派手ではないけれどきちんと整っているし、笑顔も素敵だと思う。
しかも家族思いで優しくて、頭もよくて。
藤沢さんがお兄ちゃんっ子になるのもわかる。

俺も、こんな男になれたらいいのに。

そこまで考えたところで、ナツさんが足を止めた。

東校舎の三階、一番奥の数学教室。
そこを指差して、ナツさんが笑った。

「ここ、使ったことある?」

「一度もないですね」

「理由、教えてあげる」

そう言ってナツさんは廊下側の窓に手をかけた。
立て付けが悪いのか、二度三度つっかえたけれど、あっけなく窓が開く。

「理由その1。窓の鍵が壊れてる。」

開いた窓から教室の中に飛び込んだ。
俺も慌ててその後を追う。すると、ナツさんはすたすたと教室の中を横切って、今度はグラウンド側の窓に手をかける。
まさか。

「理由その2。鍵が壊れてる窓は一個じゃない。」

今度はからからとつっかえることすらなく窓が開いた。
ナツさんはまたその窓から外に出る。
窓の向こうにはベランダがあって、その左端に、小さな柵と階段があった。

「理由その3。実は、屋上行きの非常階段に繋がっていたりします」

窓から飛び出す。
ベランダに着地して、柵も軽く飛び越えて、階段を上る。
前を行くナツさんが青く突き抜けた空を見上げた。

「到着」

初めて来る屋上は、一番空に近い場所だった。

「校舎内の階段だと、鍵がかかってて屋上には出れないんだよな。
でも、非常階段は違う。鍵がかかってない。
あの教室はいろいろ壊れてる上に、職員室からも遠くて教師から不評でさ。
だったらもう使わないことにしようってことになったらしい。
この学校で唯一、屋上に来る方法だよ」

屋上に寝転んだナツさんが、中学の時、浩二が見つけてきたんだと笑った。

「よくここで二人でサボった。
懐かしいな」

俺もナツさんの真似をして寝転ぶ。
少しだけ、沈黙が降りた。
「………藤沢家四兄妹は、血が繋がってない」

それは、唐突だった。
俺は静かにナツさんの話に耳を傾ける。

「家族に恵まれなかったんだ、全員。
だから今度は幸せになりたい。幸せになってほしい。
もちろん、リカにもだ」

俺は何も言わない。
すると、ナツさんは静かに言った。

「リカは、重いよ」

「……………はい」

「あいつは重い。普通じゃないよ。
ずっとひとりで頑張ってきた子だから、甘え方を知らない。
そんなあいつのどこが好きなの?顔?」

「違………っ!!」

違う。俺が、俺が藤沢さんを好きになったのは。

『どうしたの?』

桜の木の下で。
彼女の優しさを知ったから。

「違うって言うなら、理由を教えて」

ナツさんがこちらに顔を向けた。

「リカを好きなら、その理由を教えて」

まっすぐにこちらを見る目は、妹を心配する兄の目で。

「中途半端なやつに、俺は妹を任せる気はないよ」

視線をそらさず、俺はゆっくり頷いた。