コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.136 )
- 日時: 2013/11/12 22:20
- 名前: 和泉 (ID: kI4KFa7C)
♯62 「これがきっと、君を好きになったわけ」
むせかえるような河原の土手の桜並木の下。
中学校の入学式を終えた俺、日下部音弥はのんびりと家に帰る途中だった。
中学の入学式の帰りだからか、意外に道に親子連れが多い。
そんな中、
「うわぁぁぁぁぁぁあん!!」
小さな女の子の泣き声がした。
見ると、土手の下の川のすぐ近くで女の子が泣いている。
転んだのだろうか、近くに大人の影はない。
土手を通る親子連れも、目をやりはしても助けにはいかない。
顔をしかめる人までいる。
なんだかそれが無性に腹立たしくて、俺は女の子に声をかけようと川原に下りる階段に足をかけた。
そのとき。
「邪魔よ、どいて」
鈴の鳴るような、心地いい声が聞こえた。
ぱっと振り替えると、そこにはまるで人形のような綺麗な顔をした女の子が一人立っていた。
風になびく艶やかな黒髪。
同じ中学の真新しいセーラー服が風を含んで膨らんでいる。
大きな瞳が、こちらをじっと見つめていた。
「邪魔、どいて」
二度目の言葉が繰り返された。
反射的に体を避けると、彼女は軽く階段を駆け下りて、あの泣いている女の子のもとへ向かった。
俺も後を追う。
「どうしたの」
彼女は女の子の顔を覗きこんで問うた。
「泣いてるの…?」
女の子はえぐえぐとすすりあげながら、まっすぐに川原を指差した。
わりと深くなっている場所に、可愛らしい靴が片一方引っ掛かっているのが見える。
「ころんじゃって、そのときにぬげちゃって、おちたの。
でも、あのくつおばーちゃんからのたんじょうびぷれぜんとなの」
おばあさんにもらった、大事な靴を落としたらしい。
そりゃ泣くわ、あんな深いとこにこんな小さな子が行けるわけもないし。
どうしたもんかな、と俺が考えていると。
彼女がそう、と小さくうなずくなり、鞄を放り投げた。
そして靴を投げ捨て、靴下も脱ぐ。
「おねーちゃん!?」
女の子が慌てた声で叫ぶが、彼女は気にせず川に飛び込んだ。
「ちょっと、君!!」
間近にいた俺ももちろん慌てた。
春になったって言ったって、まだ川の水は冷たい。
あんなに深いところまで入ったら必ず風邪を引く。
「やめとけ、危ないよ」
叫んで止めようとしたのだけれど、彼女はこちらをきっと睨んだ。
「何もしないやつは黙ってて」
「……」
「見てるだけなんてあたしはごめんよ」
そういって、川の中を突き進んでいく。
胸の辺りまで水が来るような深い場所で、ようやく彼女は靴を捕まえた。
そして川原にもどってくると、女の子に靴を手渡した。
「もう落としたりしても助けてあげないわよ」
笑顔も見せずに、彼女は静かにびしょぬれの体で踵を返した。
その姿があまりに綺麗で、俺も女の子もあっけにとられた。
「……ありがとう!!ありがとう、おねーちゃん!!」
はっと我に帰った女の子が慌ててその背中に声をかける。
彼女はひらひらと手を降って、あっという間に見えなくなった。
自分が少し情けなくなった。
悔しいけれど、彼女はただただかっこよかった。
ここで見ていただけの、俺なんかよりずっと。
(また、会えるかな)
会いたいな。
彼女のことをもっと知りたいと、そう思った。
そう、これが、俺と藤沢リカの出会いだった。