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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.146 )
日時: 2013/12/22 22:11
名前: 和泉 (ID: /N0hBVp7)  


♯66 「おいていかないで」

リカの文化祭から一週間と少し。

今日は父さんが病室にいけないため、俺、ナツが母さんのもとへと訪れた。
先程までうつらうつらと舟をこいでいた母さんは、俺の気配でようやく意識を取り戻したようだ。

「おはよ、涼子さん」

「あら…、えっと」

「ナツだよ」

「ああ、そうだった、夏くんだ」

母さんが困ったように笑う。

「私の息子なのよね」

この間、記憶をなくした母さんにすべての事情を話した。
母さんは怒ることもパニックになることもなく、ただただ静かに俺たちの話を聞いていた。
そして聞き終わると、ぽつりとこう言った。

「残酷ね」

それは母さんを傷つけた立花紫乃に対してなのか、
母さんをこんな目に遭わせた運命に対してなのか、
それとも自分自身に対しての言葉なのか、俺にはわからなかった。

「残酷だわ」

母さんは、その日一言も口を利かなかった。



それから少しずつ時間をかけて、ようやく俺は母さんから警戒を解いてもらえるようになった。

何をするでもなく、ただ他愛ない話をする。
母さんは静かに自分の失った時間を追い求めていた。
「近いうちに、リカちゃんと双子ちゃんに会いたいな」

「まだ早いんじゃない?」

「でも、私が記憶をなくしたことは教えていないんでしょう。
長い間会えないのも不自然じゃないかしら」

「でも」

「私が記憶をなくしたことを知ったら、ショックを受けるかしら」

間違いなく。

少なくとも、リカは。
リカはひどくショックを受けるだろう。

『あなた、だあれ?』

自分の存在を消される苦しみを、知っているリカは。
それはもう理屈じゃなく反射的な感情なのだ。

「………もう少し、落ち着いてからね」

「わかったわ」

母さんは意外にもあっさりと引き下がった。


「そういえば、俺明後日文化祭なんだ」

「へえ」

行きたいなぁ、と母さんがふわりと微笑んだ。

「俺のクラスは洋菓子を売るんだ。余ったら持ってきてやるよ」

「やだ、太っちゃう」

「涼子さんはもう少し太るべき」

二人でくすくすと笑いあう。

早く、また幸せな時間に戻りたい。

心の奥で、小さな何かが燻ったような気がした。