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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.150 )
日時: 2013/12/29 12:21
名前: 和泉 (ID: e.d4MXfK)  


♯70 「長女の秘密と割れたクッキー」


その後、あたし、リカは日下部と一緒にいろいろ見てまわった。
美術部、書道部、それから結局アニメ漫画研究部にも行った。
あたしは何故か部員の一人にコスプレさせられそうになった。逃げた。もう二度といかない。


そして、お昼時。
あたしと日下部はようやく『ナツお兄ちゃんのお菓子のおうち』へと足を向けた。

4Fの、一番長い行列のある教室。
そこがナツ兄の本拠地だった。

「これは軽く拷問ですね」

「写真に納めないとっ!!」

「藤沢さぁぁぁぁぁんっ!!」

きらきらと目を輝かすあたしの横で、日下部が慌ててデジカメを取り上げる。
何するんだ、少年よ。

「リカ。お前っ……」

「どーも、ナツおにーちゃん?」

教室の前に立っていたナツ兄が、死んだ目でこちらを見る。
そしてナツ兄の現在の格好はというと、コックのコスプレだった。
襟と袖口に赤のラインが入っているのが特徴で、
明らかに料理目的でなくコスプレ目的で作られたものだとわかる。
しかしそれが文句なしで似合っているのだ。
どうやら客寄せに使われたらしい。
ぶれないイケメン、なにそれむかつく。

「浩二と佐々木が、悪のりしてアニメ漫画研究部から借りてきたんだよ。
写真撮影会するって条件付きで」

「ご愁傷さまです」

アニメ漫画研究部、恐るべし。

ははは、もうどーでもいーよと笑うナツ兄。
なんかもう悲しくなってきた。

すると。

「ナツ兄ーっ!!」

「あー、リカ姉もいるっ!!」

「せーのでいく?」

「おっけー、せぇのっ!!」

可愛らしい声と共に、教室の前の行列を横切って小さな影が腰に衝突した。
軽くよろめいたけれど、きっちりキャッチ。

「こら。人の多いところで走っちゃダメでしょ、アヤ」

「ヒロ、お前さりげなく腹に頭突きすんな腹に」

『へへへっ』

あたしたちのすぐあとから来ていたらしい、双子だった。

「ねーねー、ほめて!!
アヤ、すとらっくあうとでけーひんもらったんだよ!」

「景品?」

「そう、あめちゃん!なんかね、さんかしょーだって!!」

アヤ、参加賞はストラックアウトに参加した人全員もらえるんだよ。

「あとね、くれーぷ食べた!」

「そうか。確か隣のクラスがクレープの屋台やってたな。
美味かったか?」

「美味しかったよ!!……でも……」

アヤとヒロが少し口ごもる。
どうしたんだ、と首をかしげると、ふわりと後ろからお父さんが現れた。

「ナツ君のせいだよ」

「は?」

お父さんが困ったように笑っている。
それを見て、あたしはようやく納得した。

「ナツ君が美味しいご飯ばっかり作るから、うちの子達舌が肥えちゃってね。
これもおいしいけどナツ兄のお菓子のほうがおいしい、食べたいってごねるから、早々に連れてきちゃった」

なにか食べさせてあげてよ。
そう言って笑うお父さん。
困ったような嬉しいような顔をしたナツ兄が、口を開く。

「この店には俺の作ったお菓子があるけど……。
今のところ30分待ちなんだ。
待てる?」

こくりとうなずく双子。
いい子だねと頭を撫でてあげると、私の手に頭をすりよせてきた。

列の最後尾にアヤの手を引いて並ぶ。
ヒロは日下部にぶん投げて、さあ30分待つぞと気合いを入れ直したとき。

どんっと教室から出てきた人があたしの肩にぶつかった。
とさり、という小さな音とともにその人が持っていたクッキーが床に落ちる。

「大丈夫ですか?」

落としたクッキーをさっと拾い上げて、渡してあげようと顔をあげると。

「…………っ」

あたしにぶつかった、20代後半くらいの綺麗な男の人が強く息を飲んだ。
その隣の長い黒髪の女の人が、あたしのクッキーをもつ左手を凝視する。

「…………どうかしましたか?」

少し割れてしまったクッキー。
早く受け取ってほしくて軽く揺らしてみせると。

「え」

女性がクッキーでなく、あたしの手首をがっと掴んだ。

「ちょっと」

「なにしてるんすか、アンリさんっ!!」

——————————アンリさん?

頭の奥で、何かがうずく。
ばくばくと心臓が動く。

「藤沢さん!?
何してるんですか、離してください」

日下部の声が遠い。


あの日も、そうだった。

『生きてる証拠をあげる』

こうやって手首を掴まれた。
逃げようとしたのに。
あたしは、逃げようとしたのに。

鬼は、ほんとの鬼は、


「手首、私が傷をつけたの……」

やめて。

「ぎざぎざの、傷」

いたい。
手首も頭も心臓も痛い。

怖い。

あたしがぎゅっと目をつむったときだった。

「やめて、お母さんっ!!」

聞きなれた声が聞こえた。鈴を鳴らすような、綺麗なとおる声。

声の主を確認した瞬間、全てが繋がったような気がした。

何で、気づけなかったの。

『また会えるよ』

彼岸花の花言葉をあたしに教えてくれた人は、こんなに近くにいたのに。

胸騒ぎも落ち着かない理由も、こんなに簡単なことだったのに。


彼女がいやいやをするように首を振る。
やめて、壊さないでと狂ったように泣き叫ぶ。

それを無視して、あたしの前にたつ女性はうっそりと微笑んだ。


「どうして泣くの?
見つけたわよ、杏奈。




あなたの大事な妹を」



その瞬間、彼女は。

「……………佐々木っ!?」

ナツ兄の同級生の佐々木杏奈さんはその場に崩れ落ちた。



彼岸花の花言葉は『再会を誓う』。

この言葉を教えてくれたのは、あたしの実のお姉ちゃんだった。



どうして思い出せなかったの。


佐々木杏奈と藤沢梨花は、正真正銘、血の繋がった姉妹だったのに。