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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.157 )
日時: 2014/02/23 20:08
名前: 和泉 (ID: nrbjfzgl)  


現実は、いつだって残酷だ。


♯72「君に再会の誓いの花を」

お母さんがばらしてしまった。
私————佐々木杏奈と梨花が姉妹だって。

なんでお母さんがここにいるのとか、なんで梨花に気がついたのとか、
聞きたいことは山ほどあったけど、それよりも先に足が勝手に逃げ出した。

苦しくて、恥ずかしくて、悲しくて、辛くて。

逃げ出す一瞬、青ざめた梨花の顔を見て思う。

私はただ、梨花に幸せでいてほしかっただけなのに。
どこで間違ったんだろうって………。




それは、もう、10年以上昔の話。

「いーい、梨花。あれは鬼なの。
お父さんじゃないのよ。
私たちのお父さんはもっと優しい人なの。
あれは、お父さんのふりをした鬼なのよ」

覚えている限り、私の一番最初の記憶はここから始まる。

あれは鬼だ、父さんじゃないと私はまだ小さな妹を抱き締めて繰り返した。
小さなアパートの一室。
隣の部屋では鬼————、お父さんが、たくさんの物を壊したりお母さんを殴ったり蹴ったりしている。

妹は震えて、私にしがみつくの。

「お父さんは悲しいことがあって、鬼にとりつかれてしまったのよ」

悲しくて、悔しくて、涙がこぼれた。

ほら、また破壊音。
壊れてく世界。
幸せな世界のおわり。

妹はまだお父さんに起きた悲しいことがなんなのか、理解できる年齢ですらない。
幸せをしらない妹がかなしくて泣いた。

泣く私を見上げた妹の顔は、壁の向こうの鬼にそっくりだった。



私、旧姓片山杏奈と妹の梨花は似ていない姉妹だった。
私は母親似。梨花は父親似。
唯一同じと言えるのは、母親譲りのストレートの黒髪ぐらい。

小さなアパートの一室の、壊れた空間で私たちは生きていた。

DVっていうのだろうか。
父親は私が物心ついたときにはリストラされ無職。
もとが真面目な人だっただけにダメージも大きく、再就職も中々決まらないストレスから暴れまわるようになった。
母親は最初こそ抵抗はしたものの、いつしか父親の暴力を黙って受け、塞ぎこむようになった。

そして父親によく似た梨花を拒絶するようになった。

お母さんは徹底的に梨花の存在を否定した。
片山家に、梨花は存在していないも同義だった。

梨花は幼稚園にも行っていなかったし、たぶん私がいなかったら食事も満足にもらえていなかったと思う。

梨花は、透明人間だった。

「どうしても梨花を愛してあげられなかったの」

いつだったか、お母さんが泣きながら呟いた言葉を私は今も忘れられない。

「愛してあげたかった。
大事だよって言ってあげたかった。
それでも、父親によく似たあの子が、私には怖くて仕方なかった。
いつかこの子も私をこんな風に傷つけるかもしれない。
そう思うと、あの子をどうしても愛せなかった」

なんて、残酷なんだろうと思った。


当時、まだ梨花は5歳になるかならないか。
私は小学一年生だった。


その頃から、お父さんがお母さんを殴りだすと、私は梨花を連れて家を出るようになった。
よたよたと歩く梨花をつれて、ほとぼりがさめるまで近所をぐるぐると歩き回る。
暴力にあふれた世界を梨花に近づけたくなかったし、外に出れば私たちが殴られることはない。
お母さんに申し訳なさを感じながらも、幼い私たちが身を守る方法なんて限られていた。

「おねーちゃん、りか、ねむい」

「しかたがないなあ。ほら、おいで」

ふたつかみっつしか年がちがわない妹を背負って歩く。
ふらついて、腕も痛くて。
でも私だけがこの子にまともな「家族の愛」を教えてあげられるのだと、漠然と気がついていたんだと思う。
いくら疲れても、私は梨花を地面に下ろしはしなかった。

「まっか。まっか」

梨花が夕日を指差して繰り返す。

「まっかだね」

「あのお花と、おんなじ色」

「お花?」

首をかしげて梨花の視線の先を見ると、天をつく、赤い花。

ひがんばなっていうんだと、前にお母さんが私に教えてくれた。

確か花言葉は、

「悲しい思い出と、再会」

「え?」

「あのお花はね、彼岸花っていうの。
花言葉は悲しい思い出と再会」

「はなことば?」

「お花がもってる意味のことだよ」

ふーん、とうとうとしながら呟く梨花。
背負う手を一度離した私は、道端に咲いた彼岸花を一本たおった。

ゆらゆらと儚げに揺れる赤。

それを梨花に手渡す。
梨花は嬉しそうに花を眺めた。

「梨花」

「なあに?」

「もしも、梨花とおねーちゃんが離ればなれになったら」

「ならないよ」

「もしもだよ。
もしも、梨花が辛いとき、おねーちゃんがそばにいなかったらね。
その花を思い出して」

背中にかかる梨花の息が、少しずつ寝息に変わろうとしている。
私はかまわずに続けた。

「梨花の悲しい思い出も、辛い思い出も、ぜんぶおねーちゃんがもらってあげる。
どんなに離れたって、おねーちゃんは梨花のヒーローなの。
どんな時だって、梨花が困ったら助けてあげる」


杏奈が、梨花を守るよ。


それは途方もない誓いのように思えた。


私と梨花の世界が終わるカウントダウンは、思えばその時から始まってたんだ。