コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.159 )
- 日時: 2014/02/23 20:12
- 名前: 和泉 (ID: DrxGkANi)
優しさが降り積もるの
♯74「君に再会の誓いの花を 3」
それから、たくさん電車に乗って、飛行機にもバスにも乗って。
夕暮れがまた訪れるころ、たどり着いた小さな町で私とお母さんは生活を始めた。
生まれて初めて見る、お母さんの穏やかな顔。
近所の老人ホームに勤め出したお母さんは毎日充実した日々を送っているようで。
でも私は穏やかになんて過ごせなかった。
『りかのだいじは、おねーちゃんだもの』
梨花の笑顔が胸の奥にひっかかって、あまり笑うことができなくなった。
いつか梨花を私が迎えにいくんだ。
あの生活から梨花を助けにいくんだ。
昔住んでいた家の住所を抱き締めて、私は誓った。
梨花を助けられるようにたくさん勉強して、少しずつお小遣いもためて。
遠い遠い街にいるはずの梨花を思った。
「初めまして、杏奈ちゃん」
そして、私が中学2年生になったとき、お母さんが勤め先の同僚だという若い男性を連れてきた。
「桐島翔っていうんだ。よろしく」
明らかにお母さんに恋愛感情を抱いている彼は、家によく遊びに来るようになった。
そしていつだっただろう。
「どうして杏奈ちゃんは笑わないの?」
彼にこう聞かれたのだ。
「杏奈ちゃん、美人なんすから、笑えばきっとかわいいのに」
私はゆっくりと首をふった。
「笑えないの」
胸にひらめくのは、梨花の笑顔。
今梨花は小学六年生。もう長い間会っていない、大事な妹。
うつむくと、かがみこんだ桐島さんと目があった。
「理由があるんすか?俺に話してみませんか?」
優しく頭を撫でてくれた桐島さんに、私はそっと口を開いた。
「妹がいたの」
「……君のお母さんから聞いてます。
父親に預けてるって」
「その父親が暴力を振るう人だとは聞きましたか」
「……一応」
「そんな男にひとりだけ娘を預けるのっておかしいと思いませんか」
「……杏奈ちゃん」
「お母さんは置き去りにしたの。梨花を。
連れていこうとしたのに、梨花がお父さんに似てるから、梨花を連れていけばお父さんを忘れられないからって。
コップで手首を殴り付けて、血がたくさんでて、そんな梨花を置き去りにした」
桐島さんは何も言わない。
ねえ知ってる、桐島さん。
あなたの愛した女性は、そんな残酷な女なんだよ。
母さんが桐島さんに嫌われてしまえばいい。
私の中にひどく残虐で虚ろな気持ちが沸き上がるのがわかった。
「お母さんは今までの生活は忘れなさいって、幸せそうに笑うけど。
私にはわからない。
桐島さん、わからないの」
私が、笑えないのはね。
「今までの生活を忘れるってことと、大事な妹を忘れることと何が違うの?」
梨花を愛しているから。
もうおぼろげにしか思い出せないあの子を、私はまだ大事だと思っているから。
桐島さんは悲しげに笑って部屋を出ていった。
その一月後、桐島さんはもう一度私のところへやってきた。
茶色い、大きな封筒をもって。
「杏奈ちゃん、これ、あげるっす」
中に入っていたのは。
「梨花ちゃんが今どうしてるかを興信所に頼んで調べてもらったんすよ。
経緯は省くけど、数年前に藤沢さんという夫妻に引き取られて幸せに暮らしてるみたいっす」
成長した梨花の写真。
優しそうな両親、となりには学ラン姿の男の子が微笑んでいる。
梨花は仏頂面で、だけどしっかりと男の子の手を握りしめていた。
「隣にいるのは藤沢ナツ君。
この子も両親をなくして藤沢夫妻に引き取られたらしいんすよ。
杏奈ちゃんと同い年。
梨花ちゃんをそれはもう猫可愛がりしてるみたいっすよ」
梨花、梨花。
写真から目を離せずにいる私に苦笑して、桐島さんは茶封筒に入っていたA4の紙を差し出した。
「それと、ここを見て」
ようやく桐島さんのさした書類に目をやる。
そこには藤沢家の連絡先が書いてあった。
桐島さんの指の下、住所を目にして私は目を見開いた。
「この街、知ってる」
「ここから電車で30分くらいの街ですからね。
ずいぶんと近いところにいたんすね」
藤沢夫妻の自宅は、私の家からすぐそばの町だった。
「いつだって会いに行けるし、そもそも、梨花ちゃんは幸せに暮らしてる。
杏奈ちゃんが笑っちゃいけない理由はどこにもないんすよ」
「……でも」
「忘れろ、何て言わない。
いつか梨花ちゃんに会いにいってもいい。
ただ、そろそろ許してあげてもいいと思うんです。
梨花ちゃんを受け入れることのできなかったばかな君のお母さんと、
守らなきゃいけない妹を置き去りにした自分を」
君たちは、別々に幸せを手に入れた。
それだけなんだよ。
桐島さんの優しさに、涙がこぼれた。
ねえ、梨花。
あなたは今、幸せですか。