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Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.163 )
日時: 2014/05/27 23:34
名前: 和泉 (ID: UHIG/SsP)  


それは奇跡のような偶然だった

♯75 「君に再会の誓いの花を 4」

嵐のような出会いは突然訪れた。

中学三年生、冬。
地域でも有数の進学校を受験することになった私は、緊張しながら会場にはいった。

大丈夫、大丈夫。

何度も自分にそう言い聞かせて受験票を握りしめたとき、かたんと小さな音。
なんの音だときょろきょろすると、

「これ、落としたよ」

隣から優しい少年の声がした。
手には私のシャープペンシル。あれを落としたらしい。

あわてて顔をあげて、少年にお礼を言おうとして—————息が止まった。

嘘だと思った。
奇跡だとも思った。
忘れるわけない顔だった。

学ラン姿の男の子。
私の前で優しく笑う彼は、毎日眺めているあの写真の男の子だったのだ。
確か名前は。

「ナツ!!緊張すんだけど、まじで!!」

「知るかよ、お前受験番号離れてんだろ。
隣の教室に帰れよ」

「薄情な!!」

「散れ浩二」

「禁句!!今から受験の人間に散れは禁句!!」

藤沢ナツ君。

梨花の義兄だ。

藤沢くんはにっこりと笑うとお互いに頑張ろうねとシャーペンを私の手に預け、
「いくぞバカ」

隣の男子をはたき倒して去っていった。

ここを受けるのか、ぼんやりと考えだした頭が叫ぶ。

私が受かれば。
彼が受かれば。

梨花との接点ができるかもしれない。

また、会えるかもしれない。

落ちるわけにはいかない!!

私は気合いを入れ直し、彼の拾ってくれたシャーペンを握りしめた。


そして次の春、私と彼はイチコーで再会を果たした。

藤沢夏君は、頭がよく、運動神経も顔も性格もいい、非の打ち所のない人間だった。
強いていうなら不憫。
その真面目さゆえにいらない仕事まで引き受けているようだ。

一年生の時はクラスが違ったから遠巻きに眺めるだけだったけれどいつも彼を目で追いかけていた。
話しかけたい、梨花のことを聞きたい。
そうは思っても勇気が出ずに早一年。
そのうち不安だけが胸をつくようになった。

今さら、あの子を捨てた私が梨花に会いに行く資格なんてあるの?

その不安は藤沢くんに話しかける勇気を根こそぎ奪っていった。

そして二年生になって、まるでシナリオでも用意されていたかのように彼と同じクラスになった。

最初の内は変わらず彼を眺めているだけで、何も言えなかった。

転機が訪れたのは7月のこと。
放課後、忘れ物を取りに教室へ戻った時のことだ。

明日小テストの日本史のノート。
確かにバッグに入れたはずなのに見当たらない。あわてて引き返した。

夕方の5時。
夕暮れに染まる教室は何故かあいていて、不審に思いながら中を覗きこむ。

そこにいたのは。

「佐々木さん、はい。忘れ物」

窓にもたれかかって私のノートを振ってみせる、クラスメートの金井浩二の姿だった。
金井浩二—————藤沢くんの、小学校からの、親友。

「なんであなたが持ってるんですか」

なんだか胸が騒ぐ。
嫌な感じだ。私は厳しい口調で金井に問いかけた。

「ん?俺がこっそり佐々木さんの鞄からノートを抜いておいたから」

「なんでそんなこと」

「佐々木さんと話がしたかったから」

金井はにっと口元をつりあげた。

「佐々木さん、一年の時からずっとナツを見てるよね」

ナツは気づいてないけど、俺は気づいてた。

その言葉にいっそう胸騒ぎが強くなる。

「ナツが好きなの?」

「……違います」

「だろうね。恋する乙女の目じゃないもん」

わかってるなら聞くな。
そうぶつけてやりたいのに、喉元で言葉がつまって出てこない。
この空気、嫌だ。
逃げ出したいのにまるで足が地面にくっついてしまったみたいだ。
そんな私を見て、金井は吐き捨てるように笑った。

「恋なんてかわいいもんじゃないよね。
だって佐々木さん、ナツが羨ましくて羨ましくて仕方ないって顔してる」

喉を握りつぶされたような。
自分の中にある大事なものを一瞬で踏み潰されたような気がした。

そんな私を気にかけることなく金井は続ける。

「ナツの何がそんなに羨ましいの。
みんなの人気者だから?
顔がよくて、頭もよくて、運動神経もよくて。
でも佐々木さんはそんなナツの上っ面が羨ましいんじゃないだろ。

佐々木さんが羨ましいのは」

言わないで。

お願い、どうか、何も言わないで。

「ナツの家族だ」

言わないで。


「君は、ナツの妹、梨花ちゃんの生き別れた姉だ」


その瞬間、私は金井浩二に掴みかかった。

「なんで……私たち、似てないのに」

「声」

「え?」

「君も梨花ちゃんも、特徴のある声をしてる。
似てるというより同じものだと言いきるしかない声。
それから、小さな頃に君が住んでたって友達に話していた町と、梨花ちゃんが住んでいた町は一致する。
気になって興信所に依頼してみれば、案の定姉妹だ」

「言わないで!!藤沢くんには、梨花には言わないで!!」

「どうして?会いたくないの?」

「いまさらどの面下げて会いに行けっていうんですか!!」

会いたい。でも、会いたくない。
自分の中の中途半端な気持ちは日に日に黒さを増していく。

「私は、あの子が幸せでいてくれるならもう、いいの!」

私が叫んだ瞬間。

「その幸せが脅かされそうだといったら?」

金井浩二はふわりと微笑んだ。

「どういうこと……」

「それは俺と手を組むなら教えてあげる」

夕日を背にして差し出された左手。

「あなた、何を知っているの」

「きっと君の知りたいことはなにもかも」

「あなたは何をする気なの」

「藤沢家を守るよ」

「どうして……?」

金井浩二は笑う。
でもその笑顔が私には泣き顔に見えた。



「俺が、ナツの両親を殺したから」



その日、私は藤沢家のすべてを知り、金井浩二の手をとった。