コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.165 )
- 日時: 2014/10/05 16:28
- 名前: 和泉 (ID: U.Z/uEo.)
#77「ほんものはどこにいるんですか」
あなた、だあれ?
藤沢さんは自分の母親の一言に目を見開いて固まった。
記憶がない。あなたのことを覚えていない。ごめんなさい。
その言葉にいやいやをするように首を振った彼女は、淡々と語る女性に背を向け、足早に俺の横を通りすぎようとした。
「藤沢さん……っ!!」
「……ごめん、ひとりにして、ちゃんと家に帰るから」
「でも」
「アヤとヒロはまだなにもわかってないでしょう」
見ると双子はきょとんとした顔で母親を見つめている。
二人は、母親が自分たちを覚えていないと言う事実を理解できていないのだ。
「悪いけど、今のうちに家へ連れて帰ってあげて」
残酷な現実を知る前に、お母さんからこの子達を引き離して。
そう告げて、藤沢さんは外へと駆け出していった。
伸ばした手が空を切る。
俺、なんてことをしたんだろう。
ナツさんが彼女から母親を隔離するなんて、よっぽどの理由がない限りありえないじゃないか。
わかった気になって、すこしでも震える彼女に元気になってほしくて手を引いた。
今、俺は————、日下部音弥は、簡単には消えない傷を藤沢家に刻んだのだ。
慌てて彼女を追おうとしたが、ぐっと握っていた小さな手に引き留められて我に帰る。
手を握るアヤちゃんの視線の先、廊下の向こうに、小さな女性の後ろ姿が消えていこうとしていた。
双子を振り向くこともしないで。
アヤちゃんはじっとその背中を見送って、ぽつりと呟く。
「あれは、だれ?」
アヤちゃんの手を握るヒロくんも、俯いて返す。
「リカ姉に教えなきゃ、あのひとおかーさんじゃないよ」
「……ヒロくん」
「だってアヤたちのことしらなかったよ」
わかってないなんて嘘じゃないか、藤沢さん。
この子達は。
この子達は、もう、全部わかっている。
自分達が母親の中にもう存在しないのだと。
「おかーさんじゃないよ」
「……アヤちゃん」
「おかーさんじゃない、アヤたちを知らないおかーさんなんておかーさんじゃない。にせものだよ」
「アヤちゃん!」
その瞬間、うわぁぁぁあんと大声をあげてアヤちゃんが泣き出した。
慌てて、二人の手を引いてロビーから出る。
病院の近くのベンチになんとか二人を座らせてもまだアヤちゃんは泣き止もうとしなかった。
「おかーさんはどこにいるの」
ヒロくんが俺の腕をぐいぐいと引っ張る。
「ほんものはどこにいるの」
「ほんものは……」
「おれたちは、やっぱりかぞくじゃなかったの……?」
その言葉と同時に俺は二人を思いきり抱き締めた。
本来ならこうしてあげるのは藤沢さんで、ナツさんで、ご両親じゃなくちゃいけない。
けど、みんなそれぞれに戦っているから。
それぞれが抱えるものと必死に戦っているから。
————藤沢家に、また帰ってくるために。
「君たちは、家族だ」
「おとや兄ちゃん」
「何があっても、君たちは藤沢アヤで藤沢ヒロだ。
藤沢家は、簡単に壊れたりしない。
君たちのお母さんはいなくなったりしない。
……だいじょうぶだから」
だから、泣くな。
その一言を告げると、ふたりは必死に俺にしがみついてきた。
いやだ、こわい、おかあさん……、ぐちゃぐちゃな気持ちをぶつけながら、ふたりはいつのまにかねむっていた。
「これは、ナツさんに救援を頼まないと連れて帰れないなぁ」
俺にすがりつく、小さな体を見下ろして苦笑をこぼす。
今、それぞれに戦っているであろう藤沢家の家族。
どうか、彼らに幸せを。
悲しくなるぐらい優しい人達なんだ。
彼らが幸せになれないなら、こんな世界壊れてしまえばいい。
「ハッピーエンドは、どこなんだろうな」
彼らにハッピーエンドを掴んでもらいたい。
けれど俺はただの観客の一人。
この残酷な台本の次のページをめくる権利を持つのは、藤沢家だけだ。
だから、どうか。
彼らにハッピーエンドが訪れますように。
涼しい風の中、祈るように目を閉じた。