コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
- Re: こちら藤沢家四兄妹 ( No.65 )
- 日時: 2013/08/17 14:02
- 名前: 和泉 (ID: qrMs7cjz)
♯25 「長女と長男とかなしい誕生日」
ナツ兄の名前を漢字で書くと、藤沢夏。
夏に生まれたから、夏。
安直なネーミングだよね、と、小学六年生だったナツ兄は笑っていた。
8月11日、あたしたちはナツ兄が生まれたことを感謝し、
ナツ兄は自分が生まれたことを呪う。
ナツ兄は10年前、六歳の誕生日に事故で両親を亡くした。
8月11日はナツ兄の誕生日でもあり、ナツ兄の両親の命日でもある。
あたしが藤沢家に引き取られてもう五年と半年がたつけれど、
毎年ナツ兄は誕生日に、お母さんとお父さんにつれられて、三人で墓参りにいく。
あたしは毎年留守番だ。
いきたい、と言ったことはない。
そこはあたしが踏み込んじゃいけない場所だとわかっているつもりだから。
黙って三人の帰りを待ちながら、ナツ兄の誕生日パーティーの準備をしている。
去年から、それにヒロとアヤも加わった。
誕生日の日、墓参りから帰ってきたナツ兄は、絶対に笑わない。
笑わないまま、消えた表情のまま、ケーキを食べていたナツ兄の姿は、
アヤの記憶にも刻まれていたらしかった。
しあわせだけど、しあわせじゃないんだ。
そんな言葉をナツ兄が、いつあの子達に残したのかは、あたしも知らない。
淡々と、日下部に事情を話した。
藤沢家の秘密も、ナツ兄のことも。
アヤがあそこまで話してしまったなら、もう隠しても無駄だ。
変に誤解される方が嫌だ。
感情を交えずに事務的に話すあたしの顔を、
日下部は笑いもせずにじっと見ていた。
「そうなんだ。だいたいわかった。
じゃあ、ちょっとだけいい?」
話終えると、日下部が真面目な顔のままあたしに尋ねる。
なんでもどうぞ、とうなずくと、日下部はアヤに向き直った。
「アヤちゃん、ごめんね。
俺は知らなかったとはいえ、無神経なこと言った。
嫌な思いさせてごめん」
だけどね、と。
ちょっときつい口調に日下部が切り替えた。
「そんな家庭の事情を簡単に人に話しちゃダメだ。
今は俺だったからよかったけど、そんなこと簡単に人に話すもんじゃない。
これからは気を付けるんだよ」
アヤは静かに、うなずいた。
あたしが言いたかったことをとられてしまった。
養子、血が繋がってない。
そのことを気にする人は、割りとこの世界に多い。
身を守るためには、黙っていた方がいい。
「あとね、自分たちを他人だって言ったよね。
俺はそれは違うと思うよ。
だって、ちゃんと家族の顔してるから」
「家族の顔?」
「そう。
アヤちゃん、藤沢さんとよく似た笑い方をしてる。
血は繋がってないにしろ、他の部分でちゃんと繋がってる。
他人なんかじゃない」
産みの親より育ての親って、よく言ったもんだよね。
そう言って、日下部は笑った。
「君たちは、ちゃんと家族だよ」
その優しさに、あたしまで泣いてしまいそうだと思った。
家族だよって、誰かに認めてもらえることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。
日下部の顔が見れなくてうつむくと、さらに予想外の言葉が降ってきた。
「明日さ、お願いして墓参りについていきなよ」
「え」
「踏み込んじゃいけないとか決めつけないで、踏み込んでみなよ。
でさ、お礼言っておいで。
ナツさんを、生んでくれてありがとうって」
やさしい、ひとだ。
日下部は、やさしいひとだ。
あたしが今までできなかったことを、簡単に提示して背を押してくれる。
いってくる、とうなずいた。
明日はきっといい誕生日にしてみせる。
日下部は柔らかく微笑んでいた。